5つの標語を「10秒以内に暗唱!」 こんな新人研修に何の意味があるの?
ビジネスホテルで働いていると、クレーマーから理不尽な事を要求されることがしばしばあります。そのような理不尽に耐えられるようにするため――かどうかは分かりませんが、入社初日に私たち新入社員は、何だか少し理不尽な研修を受けました。
入社1日目のことです。新しく始まる社会人生活に期待を膨らませながら、私たち同期は開始時間を待っていました。集合時間になると講師の方がやってきて、おもむろに1枚の模造紙を檀上のホワイトボードに貼りました。
9秒90でもなぜか「不合格!」
そこには、こんな言葉が書いてありました。
明るい接客5つのポイント
1.笑顔で挨拶をする積極性である
2.明るく返事をする積極性である
3.進んで声をかける積極性である
4.キビキビ動く積極性である
5.相手の目を見て話す聞く 以上
なるほど、この内容を理解して、接客のポイントを習得する研修なのか。そう思いきや、講師から「これからグループに分かれ、全員がこの言葉を10秒以内に暗唱できたら合格です」という意外な言葉が飛び出しました。
私たちは面食らいましたが、言われた以上やるしかありません。とりあえず4~5人でグループごとに分かれて練習をすることにしました。実際にやってみると分かりますが、これ、かなり早口でギリギリ10秒に間に合うくらいの文字量です。
なんとか全員が文章を暗記し、練習を繰り返した末、10秒以内に収められるようになったので、講師の前で発表することになりました。結果は9秒90。「なんだ、結構すぐ合格できたじゃん」と思いきや、講師の口から発せられたのは、こんな言葉だったのです。
「声が小さい! 不合格!」
終業時間が近づけば、ただ怒鳴るだけでも「合格」
グループ全員が「ええー!!声量については何も言及してなかったじゃん…理不尽だ…!」と思った瞬間でした。でも、講師の前では口に出せません。その後も何度となく挑戦を繰り返しましたが、そのたびに講師から何かと理由をつけて不合格にされます。
「表情が硬い!」「もっと笑顔で!」「最初と最後のお辞儀がなってない!」
などなど…。そして夕方になっても全てのグループが合格をもらえずにいました。
しかし、終業時刻が近づいたころ、ちらほら他のグループが合格をもらい出しました。私たちも次こそはもらえるんじゃないか…、と淡い期待を抱きながら何十回目かの挑戦をしたところ、ようやく「合格」をもらうことができたのでした。
正直、合格した最後の暗唱は、ろれつも回っておらず、ただ怒鳴るだけの状態になっていて、なぜ合格できたのか理解できませんでした。最初のころのほうが、発表のクオリティは明らかに高かった気がするのですが…。
入社初日にそんな疑念を持った私は、「入る会社間違えたかも」と本気で思ったのでした。というのも、私が就活をしていたころ、某飲食チェーンが内定者に同じような研修を行い、不合格者に内定辞退を強要したという事件が話題となっており、うちもそういう理不尽なことを押し付けてくる会社なんじゃないかと不安になってしまったのです。
ただの「理不尽」を学ぶ研修だったのか
次の日、人事部の人から「昨日はシビアな研修、お疲れ様でした。今日からはビジネスマナーなど普通の研修をやりますので、ご安心ください」と言われた時のホッとした安心感は、何にも代えがたいものでした。
ネットを検索してみると、同じ内容の研修をする会社が他にもあるようです。今になって振り返っても、あの研修が何のために行われたのか、何の役に立ったのかはいまだによく分かりません。社員に従順さや連帯責任の感覚を植え付けるためだったのかもしれません。
ただ、ビジネスホテルで働いていると、この研修のように理不尽な目にあうことはしばしばある、ということだけは、実際に働いてみて学んだのでした。
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