男性が妻と2人で暮らすのは、山手線内側の住宅地。最寄り駅からは徒歩10分以上といささか不便なエリアだが、そのぶん風情がありいまだ昔ながらの屋敷も残る本物の高級住宅地だ。そんなエリアで男性が暮らすのは、これまた高級な低層マンション。
「いま家賃は25万円ほどですが、買えば一億円は下らないんじゃないでしょうか」
そんな高級なマンションは目の前の道路も含めて常に掃除が行き届いている。それは単に「高級だから」ではなく、マンションの管理人の性格によるところが大きいという。
「とにかく常に掃除をしています。日中に窓を開ければホウキで道を掃く音がしている時間のほうが多い印象です」
この50代の男性管理人。なぜかいつも必死の形相で、マンションの内外を掃除し続けているのだという。
「とにかくなにかに取り憑かれたかのように、使命感を持って仕事をしている印象です。マンションの住人や近所の人に出会うと『おはようございます!!』と最敬礼してくるので、最初はちょっと驚きましたよ」
さて、ちょっと異常なぐらい仕事に打ち込んでいる人……というだけならスルーもできるのだが、この管理人には大きな問題があった。なぜかやたらと沸点が低いのである。
「いつだったか、掃除をしている時に近所の人が感謝の気持ちなのか、挨拶ついでに『そんなにして頂かなくても……』といったら『いいえ!!ちゃんとやりますから』と突然キレ気味に答えていたところをみたんです。感謝してくれているのに、そんな態度を取らなくてもいいですよね」
単なるご近所さんにすらキレ気味な管理人。となると、「招かれざる訪問者」に対する態度はお察し、といったところで……。
「最近は減りましたが、新聞勧誘がやってきた時は尋常なじゃくキレますね。『うちは、いらないっていってるでしょ!!』と怒鳴り『どこの販売店だ!!』と慌てて逃げていく勧誘員を追いかけていくんです。ポスティングの時も同様ですね。さすがに、ヤバいマンションと情報が共有されているのか新聞勧誘もポスティングも少なくなりましたが、以前は三日に一回は怒鳴り声が聞こえていたこともあると聞きました」
怒りの矛先は、迷い込んできたタクシーにも及ぶという。
「区画整理がされていない昔ながらのエリアなので一方通行が多いので、たまに知らずに逆走するタクシーが入ってきたりするんです。それも見つけようものなら『ここは一方通行なんだよ!!』と頭ごなしに怒鳴りつけてますね」
この管理人の脳内では「ご近所の平和は俺が守る」みたいな使命感があるのだろうか。
このマンションに引っ越してから、既に5年あまり。管理人の怒鳴り声を「もはや日常風景」と感じるようになったという。話を聞いていて判明したのだが、実はこのマンション、筆者が10年以上前に暮らしていたアパート近くにある物件で、そういえば当時も「あのマンション、管理人がしょっちゅう怒鳴っている」という噂を聞いたことがあった。つまり、少なくとも10年以上、この管理人は「マンションに近づく不埒なものども」を怒鳴りつけているのかもしれない。
こんなキレやすい管理人だが、意外なことに、男性はわりと信頼しているもよう。
「別にマンションの住人に危害を加えるわけじゃないですし、こんな面倒くさい管理人がいるマンションだったら空き巣も強盗も避けるから安心じゃないですか」
確かに、管理人が目を光らせているようなマンションは、泥棒も避けて通るかもしれない。