この男性は15年ほど前に相続で、都心のマンションの一室を手に入れた。その後、自分が暮らすようになってから既に10年を経過している。
「当初は賃貸に出していたんですが、離婚してからは、このマンションで一人で住んでいます。ワンルームの狭小物件ですが、特に趣味もあるわけではないし、暮らすには十分です」
場所は伏せるが、狭いとはいえ男性のマンションは湾岸の好立地。ゆえに周囲では再開発でタワマンが乱立していた。
「10年以上前から、建て替えでうちもタワマンになるという話は聞いていました。古いマンションですから権利は複雑だし、そうそう話はまとまらないなと思っていたのですが、数年前にようやく話がまとまってきたんです」
こうして現在のマンション所有者、つまり地権者らは新築物件に部屋を提供される方向で話がまとまっていった。「上層階の販売価格は億は下らない」と噂されているが、現在の住民のために用意される部屋は低層階かつ狭い。それでもタワマンには違いない。
「老朽化したマンションの通例で、独居の高齢者が多かったんです。それが、まさかのタワマン住民になれるんですから、話がまとまった頃には、人生最後の幸運に喜んでいる人は多かったですね」
その喜びも束の間、男性はふとしたことで、これからのタワマン暮らしに不安を覚えることになった。
「ガラの悪い人たち」「共用施設を占拠される」とネットで誹謗中傷
「数年前ですが、顔見知りの住民から『ネット見ましたか?』と話しかけられたんです。なんのことかと聞いて、見てみたら驚きましたよ」
男性が教えられたのは、マンションの情報を交換する掲示板サイトだった。そこでは、これから建築されるタワマンの情報が早くもやり取りされていた。そして、その中には男性のような地権者に対する罵詈雑言がいくつも書かれていたのである。
男性に教えられて、編集部でもサイトを確認してみたが、なかなかに酷い。建て替えでタワマンに引っ越す地権者を「ガラの悪い人たち」と決めつけ「共用施設を占拠されるのでは」というものや「こっちは多額のローンを組むのに、オンボロマンションからタダで引っ越すとは」といった誹謗中傷が書き込まれている。さらに「だいたい、管理費や修繕積立金払えるの?」と、男性のような地権者を見下す投稿もあった。
「確かに離婚されたし、孤独死しそうだし、自分が下層には違いないのは認めます。でも、タワマンを買えるような上級国民でも心は貧しいんだなあと、変な笑いが起きましたよ」
そんな男性の話にはさらなるオチがある。
「自分はIT系の営業職なので、先日、取引先の企業の人と話す機会があったんです。そうしたら『あのタワマンを買おうと思うんだけど、低層階がさあ……』と話し始めたんです。さすがに自分がそうです、とは言えませんでした」
ともあれタワマン住民になれることが確定している男性だが、「今ほど気軽に住めないのでは」と気が重いという。
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