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「道徳の教科化」が若者たちに無力感をもたらす 『教育は何を評価してきたのか』 が示す危機感

人々の一般的なスキルは国際比較において高い水準にあるにも関わらず、賃金がそれに伴っていない日本。若者の自己肯定感も他国に比べて低いという。本書は、こうした日本の低迷や閉塞感の原因は、「垂直的序列化」と、「水平的画一化」が強い教育の構造にあるとして、戦前から現在に至るまでの教育システムの変遷を、膨大な資料をもとに分析。人を評価する際に当たり前に使われてきた「能力」「資質」「態度」という言葉に疑問を突きつけ、日本の教育が抱える問題点をあぶり出している。

なお、「垂直的序列化」とは相対的で一元的な「能力」に基づく選抜・選別・格付のことだ(著者はこれを「日本型メリトクラシー」と呼ぶ)。しかも近年では、「生きる力」や「人間力」といった、学力面以外の評価基準(「ハイパー・メリトクラシー」)も重要視され、新たな序列化が生じているという。

「水平的画一化」とは、ある団体に対して特定のふるまい方や考え方を求めることで、戦前の「教育勅語」が皇民を作り上げようとしたケースが典型例だ。近年では教育についての法律や公的な目標において「能力」「態度」「資質」という言葉を重要視し、人々の精神に影響を与えようとしているという。本書ではこれを「ハイパー教化」と呼び、「道徳」の教科化や、「ブラック校則」「二分の一成人式」なども、形を変えた水平的画一化だと警鐘を鳴らす。

道徳の教科化で男女不平等に?

「道徳」について書かれているのは、第6章と最終章だ。道徳が「特別の教科」になったことで、学ぶべき項目が「正直、誠実」「節度、節制」など、指導の観点とともに細かく定められ、個々の児童生徒の評価がなされるようになった。著者はこれに、次のような危機感を示している。

「学習指導要領では「道徳」の授業では「考え」「議論する」ことを求めているが、実際には「指導の観点」に適合するような「態度」を示すことが、授業及び評価というルートを通じて明示的・暗示的に強く求められているのである。これは、児童生徒の心のあり方を一様に規定する水平的画一化の最たるものと言える。(p188~189)」

つまり、子どもが良い評価を得るために、教師の求める考えに(集団で)合わせてしまう、合わせない子は評価されないという、かねてより危惧されていることが起こるのだ。現場の教師の力量次第といった面が大きいが、多様性が叫ばれる中、そもそも「望ましい考え方・態度」が基準として明示されていることに違和感を覚える。

本書は、すでに子どもたちが道徳教育の影響を受けつつあると示唆していた。都内のある区の公立中学校10校の生徒約1800人を対象とした調査で、次の4つの意識が、どんな生徒に強いか検証されている。

「国を愛することは大切だと思う(愛国心)」
「ルールを守らない人は厳しく罰した方が良いと思う(ルール順守)」
「自分の考えよりも先生や先輩の指示に従うべきだと思う(上位者への服従)」
「”女性は家庭で家事や育児を行い、男性は働いて家計を支えるのが普通だ”と思う(性的役割分業意識)」

結果として、「校内成績」が高い生徒は「ルール順守」意識が強く、「クラス内影響力」が高い生徒と「道徳の授業内容が好き」という生徒は、「愛国心」「ルール順守」「性別役割分業意識」のすべての意識が強いと分かった。つまり、どちらかといえば、教師から高く評価される子どもに、その傾向が強いと言えそうだ。

背景として政権による右傾化が指摘されており、これら4つの意識は言わずもがな、過度なナショナリズムや盲目的な前例踏襲、男女不平等や女性の社会進出の停滞など、さまざまな弊害をもたらすと著者は指摘する。前述の、ツイッターでジェンダーバイアスを懸念した人も、同様の危機感を持っていただろう。

何よりも問題なのは、これらの意識が、若者たちに閉塞感や無力感をもたらしている恐れがあることだ。著者はこうした弊害を打破するために、「水平的多様化」が優勢となる解決策を具体的に示している。少しでも実現することを望むばかりだ。

模範的な子どもを育てようとすれば、どこかに歪みが生じる

本書を通じて、教育は時代や政権・経済に左右されると分かることも興味深い。子どもたちにどういう教育を施すかという方針には、良かれ悪しかれ、その国の社会が「どんな人間を求めているか」が表れる。しかし誰かにとって都合の良い、模範的な子どもや有能な人材を画一的に育てようとすれば、どこかに歪みが生じるものだろう。親に限らず、他人を教育・評価する立場にある人は、本書が訴える諸問題を一度は認識しておくべきだと感じた。

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