特に切実さを感じるのが、生活インフラや医療を支えるために、感染の危険に怯えつつ責任をまっとうする人たちだ。お笑い芸人で、ごみ清掃員としても働くマシンガンズ滝沢さんは、ビニールに付着してるかもしれないウイルスに怯えながら働いていた。ゴミ置き場に散乱するゴミを拾うのも命がけだ。
『落ちた箸を拾うのも怖い。ばらまかれたティッシュを集めるのも怖い。見えないものというのはこんなに怖いのかと初めて知った。しかし怖いからといってゴミの回収を止めるわけにはいかないので、責任感の一点で回収を続ける。』
描写からは、使命感と危機感がひしめき合うギリギリの精神状態が伝わってくる。マスクが息苦しい時に無意識にごみを触った軍手で顔を拭ってしまい、緊張が走る場面にはドキリとさせられた。
このほか、タクシー運転手は初期に感染者が出たために感染リスクと風評被害に悩まされ、売上が激減。ホストクラブ経営者は従業員を守ろうと奔走するものの、いろいろと裏目に出て経営トップの難しさに喘いでいた。留学生や舞台人は生活を支えるバイトがなくなり、観光業は仕事の予定がすべて飛んでしまった。ニュースなどで何となく知っていたことでも、実際にそこに携わる人の声は生々しく痛切だ。
「やりきれないし怒りが湧く。無限に湧く」
刻々と変わる心理描写からも、どのような期間だったのかが見えてくる。緊急事態宣言の発令直後は、腹を括って事態に対応しようと気負う人が多い。その後、仕事が休みになったことで、突然できた空き時間を楽しもうという気持ちも目立つし、危機感を抱きながらも滅多にない出来事にどこか浮足立っている様子もみられた。
ところが、安倍総理がステイホームを呼びかけるために星野源の動画「うちで踊ろう」にコラボしたのが4月12日。これに呆れ、憤る人は多かった。
音楽、映画、舞台人らは文化芸術が仕事だ。自身の精神的な糧にもして生きている人々は「不要不急」の四文字に苦しめられていた。それでも当時、政府はそうした産業の損失を補助の対象としていなかった。ライブハウス店員の女性は、コラボ動画を見た日の怒りを次のように綴っている。
『今までにも十分怒るタイミングはあったけど、今回は特に腹が立ったし、がっかりした。ソーリが安易に乗っかった元ネタのムーブメントが、いま身動きが取れないエンタメ業界の人たちが活路を見出したきっかけのひとつだったこと、外出を余儀なくされている人たちを傷つけないために考えて作られていたこと、大人も子供も安心して見て楽しめるもので、決してお粗末な啓蒙のための道具ではなかったはずなのに……と思うと元ネタが広がっていくのを楽しく見ていたぶん、やりきれないし怒りが湧く。無限に湧く』
4月中旬以降は、こうした怒りのほか、仕事が次々と流れて将来の不安に襲われる人たちが続出した。台湾やドイツのリーダーの優秀さをうらやむ声もある。内面をさらけ出す場としている人や、歴史の生き証人たらんと使命感に燃える人など、考え方は実にさまざまだ。
ひどい話ばかりではなく、誰もが自分の仕事に誇りを持ち、懸命に「自分がいま出来ること」をまっとうしようとしている姿勢が感じられる。人を楽しませる文章を得意とする著述家が多く、単純に読み物としてもおもしろい。
少し残念なのは、製造業や建設業の現場で働く人の声がなかったことや、それぞれの4月以降の「その後」が分からないため、もどかしい気持ちが残ることだ。おそらく4月よりも酷いことになっている人もいるだろう。事態は刻々と変わっているが、忘れてはならない時や思いが詰まった本書、ぜひ一度手に取ってみて頂きたい。