「たくさんお金を落としたオタクが偉い」風潮ってどうなの? かけた金額が思いの強さとは言い切れない

愛情を証明したくなる気も分かるけれど、金額の多寡でマウンティングするのはどうなのよ。

愛情を証明したくなる気も分かるけれど、金額の多寡でマウンティングするのはどうなのよ。

先日「2ちゃんねる」にて「オタクって『沢山お金を落としたほうが偉い』みたいなところがあるじゃん」というスレッドが立った。スレッド主は、「声優や同人にジャブジャブ散財しろ」という空気が無理だと書き込んでいる。

僕は漫画やゲームにはあまり明るくないんだけど、そういう空気があると耳にしたことはある。「限定版のブルーレイを持ってないとかニワカ」だとか「数万円すら使ってない奴はお呼びでない」とか、そういうことをいってしまうオタクは実在する。見ようによっては、古参からマウンティングをされているように映るかもしれない。

もちろん、オタクになるぐらいだから、夢中になるジャンルがあれば追いかける気質はある。でも、特定のジャンルを愛するあまり、お金に糸目をつけなくなって、手あたり次第に関連グッズを蒐集しはじめ、自分の衣食住すら二の次にしてしまうケースも聞く。

オタク同士のマウントの取り合いでしか、他人と会話できなくなる例もある。その延長線上で社会性まで犠牲にし、オタク以外の話し相手がいなくなり、恋愛できなくなる恐れもある。そういう状態に陥ってしまったオタクを、僕は実際に何人か見てきた。

ただ漫画が好きなだけ、お金は多くは使えない人も、堂々とオタクを名乗って良い

ところでこのスレッドには、オタクの意見も当然多く書き込まれている。賛同する意見もあれば、スレッドの趣旨に反対する意見もある。そんな中で気になった書き込みのやり取りがあった。

スレ主は、現在の風潮を「『消費者同誌で楽しくやろうぜ』じゃなくて『生産者様バンザーイ』ってなってるのが気持ち悪い」と感じているそうだが、これに、

「消費者同士(注:つまりオタク同士)楽しくやろうぜってのがわからん。気分を共有したいのか」

と疑問が投げかけられた。スレ主からの回答は、

「『この漫画面白かったよ~』とかの感覚と情報の共有じゃないの? 特定のキャラを崇めてお布施してるオタクの感覚がマジ意味不明すぎて馴染めなかったけど」

というものだった。確かに共感は、日常生活のコミュニケーションを円滑にするには重要だけど、僕個人としては、オタクとは相性の悪い感情のように思える。他人が何をしていようがいまいが気にせず、孤独に趣味に没頭できるのがオタクの特徴だと思う。他のオタクがいくら投資しようと、イベントででかいツラしようと、そんなのはどうだっていい。マウント合戦をするためにオタクをしてるわけでもない。

それこそ「ガンダム」が好きだからといって、100%理解しあえるわけなんかない。ジオンが好き。連邦が好き。立場は分かれるものだし、そのせいで共感どころか反感を抱くことなんて珍しくない。

オタクが集まったら集まったで、傍から見ればどうでもいいことですぐに対立する。人間関係が悪化してしまうとか、サークルが割れるとか、結局そういうことが遅かれ早かれ起きてしまう。

ただ漫画が好きなだけ。お金は多くは使えない。こういう人だって僕にしてみれば、十分オタクと言っていい人間に見える。スレッドを立てた人物は、周囲の無関係なオタクの言動に流されすぎな感じもする。もっと、周囲の目を気にせず、堂々とオタクを名乗っても良いのだ。

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