グローバル化が進み、特にITの分野では海外企業と交渉しなければいけいシーンが増えている。昔から日本人は交渉下手と言われるが、まずは相手の交渉テクニックを知っておくことも重要だろう。
英語プロコーチとして、数々のエグゼクティブの英語トレーニングを担当してきた竹村和浩氏の著書『世界のグローバルリーダーが使いこなす交渉の秘訣』(自由国民社)の中から、各国の交渉傾向を紹介する。
アメリカでは「言わないこと」「書いてないこと」は存在しない
■アメリカ
アメリカ人のコミュニケーションはローコンテクストなので、通常、物事が起こった背景や理由などを細かく説明していきます。曖昧な部分を残しがちな日本人とは対極で、これが両者のコミュニケーションに誤解を生む原因となっています。
ローコンテクストとは、ハイコンテクストと比べて使われる用語です。ローコンテクストは、「低文脈文化Low-contextculture」、ハイコンテクストは、「高文脈文化High-contextculture」と呼ばれます。
高文脈文化、ハイコンテクストは、実際に言葉として表現された内容よりも言葉にされていない部分(例えば文脈や背景)のほうを重要視する伝達方式のこと。いわゆる「以心伝心」です。その最極端な言語として日本語があります。
一方、低文脈文化、ローコンテクストは、言葉に表現された内容のみが情報としての意味を持ち、言葉にしていない内容は伝わらないとされます。最極端な言語としてはドイツ語があります。例えば、日本人が断るつもりで「改めてお返事します」と言うと、アメリカ人はその表現を「断り」ととらずに「いつならお返事をもらえますか」とポジティブな反応を返すことがあります。ローコンテクストとハイコンテクストによるミスコミュニケーション例です。
このような文化の差からも日本の「和」が必ずしも大切なわけではなく、もっと言えば彼らには長期的で濃密な関係は必須ではない理由がわかります。そのため、短期的な契約や取引きにも慣れています。従って、必要があればWin-Lose型のアプローチで相手を切り捨てることを厭いません。
もうひとつ、日本との大きな違いを挙げると、アメリカのIT企業でFail fast.(早く失敗して、変化、改良を加えて良くなっていこう)と頻繁に言われるように、彼らは新しいことを受け入れ、変わっていくことをポジティブにとらえます。
ビジネスで覚えておきたいのは、ローコンテクスト文化のアメリカでは、「言わないこと」「書いてないこと」は存在しない、という考え方を持っていることです。交渉の際の契約についても、ハイコンテクストの日本とは考え方が大きく異なります。
日本ではお互いに「察する」というハイコンテクストを基本としているため、いちいち契約書に書かなくても、そこは「信頼」で、と考えがちです。ところが、ローコンテクストを基本とするアメリカでは、「言わないこと」「書いてないこと」は存在しないので、すべての可能性をきちんと書面にして契約書を作成します。そのため、欧米とりわけ、アメリカの会社との契約書は、膨大な量になることがしばしばです。
またそういったトレーニングをハーバードをはじめとしたエリート校、ロースクールで受けてきている人が多くいます。「こんなことは、言わなくても相手はわかっているだろう」という過信は後々大きなトラブルの元になりますから、一つひとつを細かく確認しておくことが重要です。
■イギリス
英語圏ということでしばしば一緒くたに語られがちですが、イギリス人とアメリカ人はコミュニケーションの取り方や交渉アプローチが異なります。
先ほどお伝えしたように、アメリカ人は世界のほかの国々と比べてもローコンテクストなコミュニケーションを取ります。ではイギリス人はどうかというと、ローコンテクストとハイコンテクストの間、つまりアメリカ人と日本人の中間、もしくは少しローコンテクスト寄りと考えてください。
また、実は同じ「英語」話者であるものの、その英語も表現が違うことが結構あります。アメリカ人からするとまわりくどいと思うような言い回しが多いこともしばしばです。イギリス人は、伝統、エチケットや礼儀を重視し、それが交渉時の態度や言葉遣いにも反映されます。会ってすぐ開けっ広げに個人的なことを話すようなことはせず、少しずつ距離を縮めていきます。
また、相手に圧をかけながら勝利を目指す「攻め」の交渉をあまり使いたがりません。しかし、値切る必要のあるときなどは要望をきちんと冷静に伝えます。そのうえで相手の意向をうかがうなど、必要に応じて交渉にも強弱をつけている印象です。
アメリカと比べると比較的おだやかな交渉をするのがイギリスですが、実は、日本のような、本音と建前が存在します。口では、「そうでない」と言いつつも本音では、「そうしたい」と思っていたりします。日本人の相手の気持ちを察する交渉術がイギリス人相手には活かすことが可能であったりします。欧米型では、ある意味、日本人が一番交渉をしやすい相手かもしれません。
中国では親交を深めるためのお酒の付き合いが必須
■中国
中国人はゲームのように交渉を楽しむと言われ、勝利を得るために交渉を行います。日本人は、お互いが協調して話をまとめるための交渉に終始、徹底しがちなので、ここに根本的な違いがあります。さらに、交渉のアプローチも日本人とは異なり、打ち合わせの序盤に、主張や譲れない点を明確に示していきます。しかもその主張が極端であるケースが多いようです。
ほかにも、会議の途中で長々と関係のない雑談に入り、相手の緊張が緩んでいる間に完全に彼らのペースに持っていく、まとまりかけた契約内容を土壇場で一方的に変更し、相手が拒否しても聞く耳を持たないなど、様々なアプローチを耳にします。
筆者が以前顧問をしていた世界的な出版社でも、中国人との交渉でイギリス人の部長が「2週間上海のホテルで缶詰になって決めた契約書をまた今週、交渉を一からやり直さないといけない」と愚痴を言っていたことがありました。
「あれだけ2週間も時間をかけて交渉したのに、あの契約書は何だったんだ?」と彼が担当の中国人に尋ねたところ、「あれは先週の契約書だ」とだけ言い返されたと言います。交渉ではある意味、最もタフな相手と心得ておくと良いでしょう。契約もいざとなると守られないケースを想定しておくことも大切です。
「彼らが操る『兵法』は数知れず」ですので、戦略にひるまずに、こちらもゲームを攻略するような感覚で「意見を言う」「YES/NOを伝える」「証拠・論拠を示す」などを意識して応戦していきましょう。
なお、よく知られていることですが、中国では人間関係を重視します。人脈やコネがものをいい、新規の付き合いをする場合は仲介者を立てることも。親交を深めるためのお酒の付き合いも必須です。お酒の席は要注意であるとも言われます。
飲みながら互いを知り合い、信頼関係を築く点では、日本のビジネス手法と相通ずるものがある一方、昼間に交渉をまとめ、夜の会食で安心して日本語で「あの時は危なかったよな」などと交渉でのこちらの弱みを言ったりすると、同じ席に日本語がわかる社員がいて、その点を報告され、翌朝、その情報を元に交渉のやり直しを迫られることもあると言います。
■インド
取引き条件交渉においてお国柄が反映されることは、よくありますが、例えばインドでは特に値引き交渉がつきものです。こちらの提示価格に対して、いくら断っても交渉をやめないので根負けして大幅に値引いてしまったという話を時々耳にします。
インド人が値引きにこだわるのには理由があって、インド社会ではタクシー料金から食料品、衣料品に至るまで、様々な商品やサービスに定価の概念があまり定着していません。日常的に値引き交渉をしており、ビジネスでも同じような駆け引きをするわけです。
値引きの要求が強いということは、裏を返せばインド人は売り価格をHighball で提示することが容易に想像がつきます。インドと日本では相場が違うので、インドでの市場を調査した上で、こちらも値引きを要求して構いません。
そのほかの特徴として、まず彼らは「議論好き」。ゆえに長期戦の交渉を強いられるケースが多く、加えて主張は常にはっきりしています。しかし、意外と間接的なコミュニケーションを好む傾向がある点には注意してください。
具体的には「NOをはっきり言わない」ので、できないことでも「何とかします」といった曖昧な表現で返されることがあるようです。ややもすればインド人は「YES/NOがはっきりしていてアメリカ的」と先入観でとらえてしまいがちですが、実は日本との共通点もあるのかもしれません。
またインドでのビジネスは、スピード感を大切にします。そのため、アメリカのFailfast.と同じような進め方をしますので、意思決定は迅速に、そして修正は柔軟にすることを心がけるとビジネスパートナーとしての信頼を得られやすくなります。
インドにはジャイナ教という宗教があり、これに属している人は、人を裏切らない点で、ビジネスパートナーとして最も信頼がおける人たちだとも言われています。
突然怒って椅子を蹴って会議場から出ていく!?
■ロシア
傾向として、ロシア人の交渉はWin-Lose思考が強めです。譲歩を強いられると、感情的になる、さらには途中で退席してしまうことすらあると言われています。
ほかにも、例えば、口約束でまとまりかけていた案件があっても、一度心変わりしてしまうと、相手からの電話やメールに応じない、話す機会すら設けないということも聞きます。日本人相手にビジネスをするロシア人全員がこのような態度をとるとは考えにくいですが、もしそんなことがあっても「文化」と割り切って、ひるんでしまわないようにしましょう。
ロシアには「信用する前に調べろ」ということわざがあり、彼らは特に初対面の相手には慎重で、疑い深い傾向があります。さらには「意味のない笑顔はバカの印」「友情は友情、仕事は仕事」といったことわざもあり、これはよほど親しい相手でないと笑顔で内面をさらけ出さない、ビジネスにおいて不要なスモールトークは避けるという傾向をよく言い表しています。
また交渉の序盤で突然怒って椅子を蹴って会場から出て行ってしまうことがあると言います。ただこれはロシア人の交渉の作法のようなもので「自分たちはこの交渉に真剣に臨んでいるんだ」という単なる意思表示であると言われています。このような場合、日本側も、何かのきっかけで、「だったら日本に今すぐ帰る!」と豪語して席を立つぐらいのパフォーマンスが必要だと言えます。くれぐれも相手が怒って席を立ったからと言って、ビビってしまい、早々にこちらの用意した妥協案を出したりすることがないように注意が必要です。
■プロフィール 竹村和浩(たけむら・かずひろ)
英語プロコーチ:ビジネス・ブレイクスルー大学経営学部 准教授。(株)ユニバーサル・エデュケーション代表取締役・CEO。ALL ABOUT ビジネス英会話ガイド。エグゼクティブ英語コーチングを得意とし、役員対象個別指導での実績多数。英語公用語採用企業、国内外大手企業のグローバル人材の育成に従事。著書に、『世界基準のビジネス英会話』、『世界基準のビジネス英会話 重要交渉戦略15パターン』(三修社)など多数。
※本記事は竹村和浩氏の著書『世界のグローバルリーダーが使いこなす交渉の秘訣』(自由国民社 1600円+税)を再構成したものです。