そのコンビニがあったのは文京区。東京の中心にありながら、台風の目のように静かで商業施設が少ないエリア。
「山手線の内側でも、どの駅からも遠くて意外に家賃が安いエリアがあるんです」
男性が引っ越したのも、そんな文京区の住所だけはハイソな感じがする、三方を墓地に囲まれたアパート。徒歩圏内には、いつも客がいない定食屋と、こじんまりとしたコンビニぐらいしかない場所だったそうだ。
それが、問題のコンビニだった。
「当時は、まだ煙草を吸っていたので近くに煙草を売っているコンビニがあってホッとしたんですが……」
聞けば最初に入店した時から、店内の雰囲気はおかしかった。陳列された商品は雑然としているし、床もあまり掃除された風ではなかったからだ。一瞬、紛らわしい名前の個人商店かと疑ったほどだ。
「とにかく店員が年寄りばかり。若い店員はたまにいる白人男性と、常に不機嫌そうな顔をしたワケありっぽい雰囲気の男性だけ。レジに人がいないことも、よくありました。しかも、客が”すいませーん”と呼んでも5分くらい出てこないんです」
まるで田舎の個人商店
話だけ聞くと、まるっきり田舎の個人商店のようだ。
「ある時、腰の曲がったおばあさんがレジに立っていたんですが、煙草を頼むと困った顔をするんです。というのも、指定した銘柄の煙草が棚の上のほうに置かれていて手を伸ばしても腰が曲がっていて届かないんです。しばらく悪戦苦闘した挙げ句に、若い店員を呼びにいってようやく煙草を買うことができました」
微笑ましいといえば微笑ましいが、ユーザーが「コンビニ」に期待するサービスからはかけ離れている……。
まるでやる気のない店かと思いきや、別の老店員は商売熱心に「扱っていない銘柄でも注文してくれたら、仕入れますよ」と言ってくれたそうだ。ところが、それを信じて注文したところ……。
「一週間ほどたって、その店員に煙草は届いたかを尋ねたら”はあ、そんな注文ありましたっけ”と真顔でいって、書類やらなにやらを必死でめくるんです。もう諦めて駅前の店で買いました」
ソフトクリーム事件
そんな店でも時おり使っていたのは、他の選択肢がないため。しかし、その年の夏、決定的な事件が起きてしまったそうだ。
「暑い日だったので、冷たいものが欲しくなってソフトクリームを注文したんです。そうしたら、また別の老店員が機械の前で悪戦苦闘し始めて。15分程たってようやくソフトクリームが完成しました。ホッとして店から出て食べようとすると、店員の爪痕がコーンまで貫通していたんです」
「爪痕付きのソフトクリーム」にガッカリした男性は、公式サイトから本社にことの一部始終を報告した。すると数日後、店にとある変化が起きていたそうだ。
「数日後に行くと、老人たちがやたらとキビキビ動いているので驚きました。よく見ると、レジにスーツ姿の男性が怖い顔で立ってずっと店内を睨んでいたんです。おそらく本社から指導員が来たのでしょう」
ソフトクリーム1個でそんなことに?
「タイミング的に、おそらく自分のクレームがきっかけとなったのだと思います。しかし、それだけで本社から人が飛んでくるとは思いません。おそらく他の客たちからのクレームが積もり積もっていて、結果的に『堪忍袋の緒が切れた』のではないでしょうか」
男性は、これで店がちょっとマシになればいいなと考えたそうだ。しかし、結末のすさまじさは予想を遥かに上回っていた。
「一週間ほどして、『閉店のお知らせ』が店の前に貼られていたんです」
コンビニには本社直営店と、店舗オーナーと本部との契約にもとづく「フランチャイズ店」がある。おそらくこの店は後者で、本部が要求するクオリティを満たせない店として、店舗オーナーが契約を切られてしまったのだろう。
結果的に、男性の日常生活は少し不便になってしまった。
男性は「さすがに、閉店までするとは予想もつかず……。あの経験のおかげで、雑な接客でもちょっとぐらいなら我慢しようと思うようになりました」と振り返っていた。