名前は伏せるが、この女性が勤務するのは、あるキリスト教系共学の私立高校だ。
「(この職場では)女性は未婚で子無しでなければ常勤にはなれません。ちなみにキリスト教学校のせいか、男性も未婚がほとんどです」
なんとなく「非常勤教員」というと、「正規教員よりも格下な人」のような印象を受けるかもしれない。しかし、実際の指導能力や経験、知見などと教員の立ち位置は、必ずしもリンクしているわけではない。
「非常勤イコール非熟練教員ではありません。非常勤講師は、大学でも教鞭をとっていたり、いろいろな高校の内部事情に精通していたり、予備校の講師もしていたりして、指導経験は豊富です」
女性も、いま担当しているのは週16時間、8クラス、計340人の生徒。
事前準備なども含めると、ほぼ一日中、授業のために時間を費やすことになる。女性は「こんなにたくさんの生徒を見ている常勤の先生はいません」というが、実際340人分の成績をきちんと評価するとなると、並大抵のスキルではできないはずだ。そんなに働かせておきながら、女性の年収は250万円……。低賃金ゆえに辞めていく教員は後を絶たない。
「特に数学・理科・情報などの教員は、いまはどこでも不足しているので、履歴書を出せば即採用されることもあります。それも、辞めておく人が多い理由です。学校側も安い賃金でまた次の人を雇えるので引き留めません」
ちょっと意外だが、職場を変えることそれ自体はしやすい状況になっているらしい。
「私が35年前に教員になったころには、教員同士結婚して、共働きするのが普通でしたが、いまは、ほぼほぼ、サラリーマン(ウーマン)と教員の夫婦です。男性サラリーマンと女性講師の夫婦が多いです。逆の場合、男性教員は、少しでも年収の多い学校を求めて退職しますね」
ちなみに、そんなに教員が居着かなくては生徒指導も大変なのではないかと思って聞いてみると……
「高校は、留年・停学・退学があるので生徒が暴れたりはしませんね。不登校も多いですし、転学もあります。一般的に学年の一割は退学しますね」
そんな状況で、なんとか回っている女性の勤務先だが、かなり危機的な状況だという。
「いま、指導要領が変わりつつある時期なので、高校1年の理科の科目を、3教科から2教科に減らしているのでなんとかなっています。ただ、常勤の若手女性教員数名は精神的に参ってしまって、来年度は休職します。結婚どころではありません」
あちこち転勤のある公立校とちがって、私立高は、わりと勤続期間が長めのベテラン教師たちによって運営されているイメージがあったのだが、そんなのは幻想だったのか……。なぜ、そんなことになってしまったのだろうか?
「いずれは少子化で、多くの学校が閉校に追い込まれると思うんです。だから、いまは少しでも安い労働力で回して、資産を蓄えておきたいんだろうな、と感じています」
厳しい少子化時代を生き残るため、少しでも資金をキープしておきたいのかもしれない。しかし、学校の持っている一番の価値はなんといっても「教育の質」。つまるところは良い教員を確保するのは、至上命題だと思うのだが……。
ところが、ベテラン教員である女性もこの10月に私学共済の加入条件を満たして、ついに国民健康保険からの変更を成し遂げたと思ったら、加入できたという通知の数日後、学校から来年3月での首切りを通告されたという。
「私学共済の負担金を学校が持ちたくなかったんだろうなと思っています」
いやいや、週に16時間もの授業を受け持ってくれるベテランの首を切るとか……。もし神さまに伝わったら、激怒しちゃうのでは?