上場企業の管理職として入社したのに「部下が0人」だったら、騙されたと思ってもおかしくない。関東在住の50代男性は、転職して飲食店本部の「経理部長」に就任したが、わずか29日で辞めたという。
当初、前職の年収1000万円を上回る年収1200万円が約束され、次の株主総会で取締役に就任する予定だった。しかし、
「経理の人間が全員辞めていました。もともと経理部には7人いたそうですが、私が入社したときにはゼロでした」
と、とんでもない事態に陥った。すぐに社長を問い詰めたが「税理士にアウトソーシングしているから大丈夫」という簡単な返事で済まされた。しかしそう簡単に行くわけもない。編集部では男性に取材申し込み詳しく話を聞いた。
「とりあえず先月と同じ金額を今日振り込め」と滅茶苦茶な指示
社内に経理が一人もいないのは普通なら異常事態だ。恐れていた実務上のトラブルはすぐに起きた。経理処理が「社内でコントロール出来ていない状態」だったからだ。
「給与振込み手続きの忘れや業者への支払い失念等、毎日のように問題が発生しました。マネジメントどころか、請求書や伝票の発掘と仕訳入力と緊急対応に追われる毎日で、明らかに職務内容相違でした」
7人でやっていた日々の細かい経理作業を、いきなり部長が一人でやるのだから過酷だ。特に印象的だったと語るトラブルは、業者から「代金が入金されていない」というクレームが入ったときだった。
「社内で誰も事実確認出来る人間がおらず、外部委託している税理士などにも確認しましたが、先月までは支払い実績があるものの、今月の金額が把握出来ませんでした。すると一人の取締役から『とりあえず先月と同じ金額を今日振り込め』と無茶苦茶な指示が出る始末で、絶句しました」
いくらなんでも「払えばいい」というものではないだろう。結局、男性は業者に事情を説明し、正確な金額がわかる書類の再送を依頼、送金手続きを行った。ところがこれも一筋縄では行かなかった。
「ネットバンキングの承認権限がその取締役にしかなく、しかも中抜けで帰宅して連絡がつかない状態でした。結局、当日送金出来ず翌日扱いとなり、業者には私から再度電話して、深くお詫びしました」
と責任者なのに権限も限られた状態で、助け舟もなく対応は困難を極めた。混乱の日々をこう振り返る。
「とにかく当日になって先方からの連絡で気付くトラブルが毎週発生し、対応に追われました。私がATMまで行って送金手続きをするはめになったこともあります。しかもその取締役から教えられた暗証番号が違っていて、面倒な手続きを踏み15時ギリギリの処理となりました」
経理部長がATM操作のため銀行に赴くなど、上場企業ではありえないことだろう。そもそも取締役の不手際のせいでネットバンキングが使えなかったというから気の毒としか言いようがない。
「マネジメントしようにもマネジメントするスタッフがいないじゃないですか」
もちろんこの事態に男性も「職務内容が聞いていたのと違う」と、社長や役員に抗議した。すると相手は「そうか」と言い、
「我々の会社の規模では、経理の実務を全くしないという訳にはいかないのは理解していますよね」
と冷たく応じた。もちろん男性は実務を拒否などしていない。こう異を唱えたという。
「『十分承知しておりますが、この1か月間、経理の実務しかしておりません。とてもじゃないですが、マネジメントしようにもマネジメントするスタッフがいないじゃないですか』と皮肉を言わせていただきました」
自嘲気味に正論を放った男性。部長なのにワンオペ経理を押し付けられる苦労は想像以上に大変だろう。当然そんな会社で働き続けられるはずもなく、退職届を提出した。
1か月に満たない退職に、会社側からは「採用コストがかかっている」などと責められ、「離職票や源泉徴収票等を催促しても無視される」などの嫌がらせを受けたという。それでも「とにかく退職してよかったです」と辞めたことに後悔はない。
「次の就職先を見つけるのに難儀しましたが、現在は複数の会社から内定をいただき、その中で一番ホワイトな会社に決めました」
無事に再就職も果たしたそうで何よりだ。
しかしそもそも7人の経理部員は、なぜ後のことも構わず辞めてしまったのか。
「直接的にはわかりかねますが、決算月を控える中、社内の承認手続きが進まず徹夜が日常的に発生していたと、社内の女性社員から聞きました。私の入社前日までいた最後の1名は、最終日も終電で帰って行ったそうです」
最後の一人も激務で疲弊したまま去って行ったのだ。いくら仕事に不満があっても、人は職務上の責任をまっとうしたいものだろう。それが無理になるくらい、ずさんで人材を大切にしない会社であることがうかがえた。
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