昭和天皇が崩御した1989年1月7日。
「その日から、すべてのテレビ局は通常番組を中止しました。昭和天皇の番組を朝から晩まで流し続け、日本全体が自粛ムードとなりました。ですがレンタルビデオ店は少々様子が違いました」
異変が起きたのは8日からだ。男性はシフトに入っていなかったため家で寛いでいたが、店長から「助けてくれ」と連絡があり、いつも通り自転車で店へ向かった。このときにはまだ状況が飲み込めていなかったが、店に到着するなり驚きの光景を目にする。
「店内のビデオがほぼすべて貸し出されて、もぬけの殻の状態でした。それでもひっきりなしに来るお客さんから『プラトーンない?』『ドラえもんない?』などの問いかけに、すみません、もうお店に残っているものしかありません、なんて回答を繰り返すのみでした」
テレビでは、どこの局でも昭和天皇の特集番組が続いていた。その深刻なムードと、ショッキングな出来事に疲れきってしまった人たちが、気晴らしを求めてレンタルビデオ店に殺到したようだ。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『アンタッチャブル』『トップガン』『プラトーン』『戦国自衛隊』『ドラえもん のび太の恐竜』といった当時の人気作はもちろん、そのほかの作品もほとんど借りられていた。
それなのに次々とやってくる客たち。しかし男性は「それは翌日からの大騒動の前の静けさでした」と振り返った。
1日20万円程度の売り上げが、何日かは4倍に
「1月9日には、1泊2日で借りていたビデオを持ってお客さんが続々と来店してきました。普段であれば、ケースからビデオを取り出したあと、テープが巻き戻されているか、テープに破損がないかをチェックしてからバーコードをスキャン、延滞がないことを確認したうえで返却処理をしていましたが、この日はそんな余裕はありませんでした。
ビデオを受け取ると同時にケースを開けて、バーコードをスキャンし、画面を見つつ『はい!返却ありがとうございました~』と言って、すぐさま次のお客さんに『あーこちらどーぞー!』てな感じでした」
次第にそれすら間に合わなくなり、返却処理のされていないビデオがカウンターの上に山積みされていった。ところが客は、焦る男性を尻目に「あ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』あるじゃん、これ借りてっていい?」と言う始末。
「『あ、わかりました、少々お待ちください』と言い終わる前から、光の速さでビデオを返却処理し、続いて貸し出し処理して…を怒涛のごとく何度も繰り返していきました」
こうして戦場のような数日間を乗り切った男性たちアルバイトに、オーナーはジュースを差し入れた。オーナーは「うちも自粛しないといけなかったかな」と呟いていたが、男性は「思ってもいないこと」と心の中でツッコミを入れた。それもそのはずだ。
「通常時は1日の売り上げが20万円程度だったと思いますが、崩御から何日かはその4倍ほどだったような気がします」
実際、オーナーがバックヤードで「オープン以来、最大の売上げだ」と、ほくそ笑んでいる姿も目撃した。オーナーは憎めない人柄だったようで、男性は30年経った今も当時の職場で過ごした日々を思い出すのだとか。
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