電通の東京本社が違法残業などで労働基準法と労働安全衛生法に違反したとして、9月に管轄の労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが分かった。違法残業で有罪判決が確定した2017年以降も、時間外労働が続いていたことになる。
一部報道によると、是正勧告は労基法違反が2件、安衛法違反が1件で、いずれも18年中の法令違反が対象だった。主な違反は、同年8、12月に労使協定(36協定)で決めた上限時間を超える残業を営業関連の部署に所属する4人にさせていた、など。残業時間の最長は、過労死ライン(月80時間)の2倍に迫る156時間54分だったという。
時代にそぐわぬ勤務体質「日本全体が”茹でガエル”状態」
なぜ電通は長時間労働を止めることができなかったのか。ブラック企業アナリストの新田龍さんは
「電通や業界構造にも問題があるが、高度経済成長期にたまたま上手くいった古いシステムから脱却できない日本全体の問題だと考えている」
と見解を述べる。当時は人口増の真っただ中にあり、”作れば売れる”時代だった。長時間労働は業績向上と直結するため、長時間にわたり勤め上げる人間が評価され、出世していき、同類の人間が集まって”同質の管理者集団”が出来上がったという。
ところが、需要が飽和している現在では「大量生産よりも、効率的に利益を得て、”貴重な労働力を大切にする経営”がよりフィットしている」という。しかし、多くの企業では
「慣習や組織、制度を変えられず、また現在の社会に合致した手法を認識・活用できる管理職も少ないため、日本全体で”茹でガエル状態”になっているようなもの」
と説明する。そうした問題の発露が一連の事件だというのだ。
現行法は「ITを駆使した頭脳労働的な職場を想定していない」
ツイッター上では「17年10月の有罪判決、罰金50万円が軽すぎたのでは」「是正勧告が軽視されている」と指摘する人もいた。新田さんも同様の意見を持ち、厚生労働省や政治家にも政策提言を繰り返しているという。
「現行法は戦後まもなく成立したもので、主に製造業における安全衛生管理が主眼に置かれている。現在のようなITを駆使した頭脳労働的な職場を想定していない。現在の働き方に即さない部分がある上、罰則も緩く、罰金額も違反の抑止力になっていない」
と警鐘を鳴らす。さらに、事業所の数に対して労働基準監督官の数が少なく、取り締まり切れていない。労基署から出せる指導にも強制力がなく、今回の電通のように違反を繰り返せてしまうのも事実だという。
「監督官は悪質な経営者を送検したり逮捕したりできる権限を持つが、その力を行使するためには大量の書類を書いたり、数少ない留置所の手配なども監督官自身で行わねばならず、日々の業務も多い中、さらに仕事を増やすことはとても踏み切れないだろう」
といった事情が背景にあるようだ。
人材を大切にしないブラック企業は社会から見放される?
今後の展望について、新田さんは「短期的には、引き続き電通は人気企業であり続け、人材採用でもビジネス上でも何ら影響はないように見えるはずだ」と推測する。だが、
「長期的には着実に、労働環境に配慮せず、従業員を粗末に扱う会社は、取引先からも労働者からも投資家からも選ばれなくなってきている」
と最近の傾向を踏まえながら分析する。
「実際、官庁や自治体の発注では労働環境配慮等の認定を得た企業を入札において優遇しているし、配慮企業しか投資対象としないファンドや、配慮企業にしか人材を紹介しない紹介会社などもある」
と説明。労働環境が劣悪な会社では明らかに採用に苦戦しているのが実情らしい。また、最近は「『従業員をブラックに搾取する会社よりは、従業員を大切に扱う会社を優先して利用したい』という意思が広く世論に共感されているようにも感じられる」と述べた。
一方、企業が従業員に良好な労働環境を提供するためには、消費者側も相応の負担を受け入れなければいけない、と強調する。
「サービス価格が上昇したり、提供までに時間がかかったり、深夜・週末の営業がなくなることもあるだろう。『いい環境を実現するための負担ならお互い様』という感覚を共有することが重要」
と消費者側の理解も併せて必要になるとの認識を示した。
電通をめぐっては2010~15年、社員に違法残業をさせたとして、本社や支社に是正勧告が相次いだ。それでも抜本的な改善に至らず、15年12月には、当時24歳の高橋まつりさんが社員寮から飛び降りて死亡。過重な残業が原因で精神障害を発生したとして、16年9月に労災認定された。その後、同社は労基法違反で書類送検され、17年10月には罰金50万円の有罪判決を受けていた。