リスクマネジメントで大事なのは分厚いBCP文書ではなく「当事者の演習」だ ニュートン・コンサルティング副島代表に聞く(後編)
英国流の危機対応を日本に――。そんな思いを抱いて帰国し、日本で起業したニュートン・コンサルティング株式会社(東京・麹町)の副島一也社長。マニュアルを好み、文書化をゴールとしたがる日本において大企業のリスクマネジメントの現状に苦言を呈する機会も少なくありません。
その考え方は自社の企業経営にも及び、案件受注の際には「理想の協働」を目指す誓約書へのサイン交換を求めることも。お客様と社員、そして会社のあり方を示した「ニュートン・サクセス・トライアングル」というツールを用いて、「あの時もっとこうしておけばよかった、を世界からなくしたい」というビジョン実現を推進しています。
BCPのゴールは「文書が納品されること」ではない
――危機への「対応能力」を高める方法について、もう少し具体的に教えていただけますか。
(前編で)すでに述べたように、BCP(事業継続計画)は文書ではなく、活動でなければいけません。最も有効性が高いのは「演習」です。
当社が企業や自治体からBCPのご相談を受け、プロジェクトの仕様を見ると、ゴールは「文書が納品されること」と書かれていることがありますが、時間と労力をかけて大量の文書を作っても、危機に際して役に立つことはほとんどありません。
そもそも当事者である社長にとって、危機対応に際して「文書があるかどうか」が問題になるわけがありません。まずは「我が社の社員の命は安全に守られているだろうか?」「社員の家族は大丈夫だろうか?」、そして「自社の社会的責任を果たすための事業は継続できるだろうか?」ということが重要なわけです。
――事務局にとっては、文書化が目的になりがちですね。
計画やルールが好きな日本人は、あらゆる場面に通用するマニュアルを欲しがります。そこに書かれている通りに動けば、自分は何も判断しなくていい、自分には何の責任も生じない、というような。
でも、そんなものは作りようがないんですよ。だから、起きていることに対して、そのときにいる最高責任者たちや現場の人たちが、自ら判断して動く必要がある。その対応をするための能力を極限に高めるためには「演習」が最も有効なのです。
考えうるさまざまなパターンで、「こういうことが起きたらどうする?」といった演習を、そのときに参加できる人たちが「我々でやるんだったら、こうやって動くよね?」といった形で、どんどんやってみる。
そして、それが終わった後、「どうも足りない準備がありそうだ」「これは起きてからでは間に合わない。いまやっておいた方がいい」となれば、それをToDoリストに書いて取り組んでいく。必要なのは参加者自らが自発的に考え、意見交換し、最適な対応をまとめていける、そういう演習なんですね。
「自社の問題」は自分たちが一番よく分かっている
――行動に際して、必要となるマニュアルだけを作ればいいと。
演習を行う中で出てきた課題の一つに「文書」があったとしても、それは「BCPの基本方針」みたいなものではなく、もっと具体的なものであるはずです。例えば、会社に発電機があったけど動かし方を知っている人がほとんどいない。ではマニュアルを作ろうという話で、実際のリスクが演習によって可視化するんです。
「当事者の対応能力」を高めるためには、自ら疑似体験や演習を通じて不足を特定し、対策を常に打ち続けていくことが必要で、そういう全体の活動があってこそ、組織としての備えができていく。そして、これは一通りやったら終わるという話ではなく、「常にやり続ける活動」なんです。
――それを御社は、クライアントに伴走する形で支援していくわけですね。
重要なのは、活動をするのは事務局ではなく当事者である、ということです。我々はコンサルタントとして、業種や会社規模から、大体こんなところがおかしくなることが多い、と推測することができます。しかし、本当の個別の問題は本人たちが一番よく分かっているんですね。
例えば「うちの会社、ここがちょっと弱いんだよね」「何回も過去にこういう問題が起きてるんだ」といったことは、本当は自分たちがよく知っている。でも、日本を代表する錚々たる企業が、自分たちだけでは事前にリスクを洗い出す議論をできないのが実態なんです。
――そういう議論は、どうやって進めればいいのでしょうか。
例えばリスクアセスメントにおいて一般的なのは、会社全体でエクセルシートを回して「どんなリスクがあるのか埋めてください」と、ボトムアップでリスクを洗い出そうとすることです。こういう取りまとめは、別にやってもいいのですが、その作業だけで何かをやった気になってしまいがちです。
それよりも、責任ある当事者たちが実際に集まって、その場で気になるリスクを洗い出して評価する。その中で、対応が十分でなくて気になってしようがない、というものを特定していくことの方が遥かに有効です。
「オープンな議論ができない会社」の仕事は受注できない
――当事者によるオープンな議論が必要になるわけですね。ただ、この手法ですと、自分たちでリスクが分かっていても、それをわざと表沙汰にしなかったり、隠して対処しなかったりする組織の場合、手が打てないことになりませんか。
それはその通りです。何度も品質事故を起こしているのに、対処しなければいけないことを、ウソをついてやらず、再発防止策も形ばかりというのを繰り返している。市場からは散々責められていて、もう一度やると潰れるのではないか、みたいな自浄作用の働かない会社もありますよ。
本人たちも分かっていて、やるべきだと思っている。けれども、声を上げられない集団同調圧力の中で危機への備えがされておらず、形ばかりの文書ばかりが積み上がる。そういう 会社の中では、「自ら考えて自ら動く」ことのできない日本社会の悪いところが具現化してしまっている。
――そういう会社から相談があった場合、御社はどういうアプローチを取るんですか。
だいたい最初から当社の提案は通らない。お客様側が当社を選択しないですね。
例えば、何か問題が発生した際には、お声がけをいただくことがあります。その際は「御社は根本的に風土が悪すぎるので、全部オープンに話すべきだし、社長や専務がみんな集まってディスカッションすればいい。そこでまずいということが明らかになるから、対処を決めていくという当たり前のことをやればいいんですよ」と助言します。
すると事務局の方は「当社ではそれだけは無理です。本当は支援してもらいたいのですが、残念です」と言って帰っていく。隠蔽体質な組織文化では、どうにもならないことが多いですね。問題が起きても膿が出せない会社は、形ばかりのBCP文書をコンサルに作らせて、それが成果みたいなことで終わらせてしまうことになるんでしょう。
プロジェクトの最初に「協働推進宣言」を行う理由
――確かに、受注の段階でミスマッチを解消しておかないと、先々でお互いが必ず不幸なことになりますね。
当社は現在、「理想の協働」を目指して「ニュートン・サクセス・トライアングル」(NST)というものを推進しています。NSTは当社がお客様をご支援する上で最も効率的に推進し、最大の成果を上げるために必要な要素を整理したものです。三角形は「お客様」と「社員」「ニュートン」で構成しています。
プロジェクトの当事者であるお客様には、「推進力」「全社一丸」「コミットメント」という3つの取組みをお願いしています。この3つなくしては、リスクマネジメントの取り組みは実効性のあるものにならないからです。
また、NSTを踏まえた上で、プロジェクト推進においてお互いに留意したい事項について、「理想の協働推進宣言」という書面も準備しています。この中には、「理想の追求」「合意の遵守」「健全性の維持」という3つの要素に関する10の項目を定めています。例えば「私たちは、双方の休日及び勤務時間外に相手が働いて当然というスタンスでプロジェクトを推進しません」などです。
当社は創業から1900社を超えるお客様を支援させていただく中で、リスクマネジメントを推進するにあたり、成功要因と失敗要因についての知見を集積してきました。お客様のご依頼が失敗要因をふんだんに含んでいる場合、例えばBCP活動のゴールを「文書が納品されること」に置くような場合は、必ずうまくいかないと分かりきった要件を備えて走るのはやめましょう、とお伝えすることにしています。
――この項目はすべてを満たす必要があるのだと思いますが、プロジェクトの成否を分けるものとして、一番大事なものを挙げるとすればどれになりますか。
まず、「トップインタビュー」ができることですね。社長が一番気になっていることは何か。それに対して、どういう状態になったら成功だ、役に立ったと評価できるのか。そういう本来の本質的な課題と目標を設定できることですね。
社長とその話ができれば、目標達成に必要なメンバー、本当の当事者をプロジェクトメンバーに入れることができます。社長がコミットメントと方針を示し、適切なプロジェクト体制が組めれば、もう成功の要素が全部揃っているので、プロジェクトはまず成功します。
我々はなりたい姿から外れていないか
――NSTには「ニュートン(会社)」もありますね。
お客様にこれだけのお願いをするのですから、当社もお客様のお役に立てるよう、常にベストの状態でありたいと考えています。
コンサルティング会社は、ともすれば居丈高だったり、利益追求を優先して効果のない支援をしてしまったりする場合があります。当社はそもそも「あの時もっとこうしておけばよかった、を世界からなくしたい」というビジョンを掲げています。「なりたい姿」があり、「なりたくない姿になる活動は、わずかでもしたくない」と考えています。
そして、お客様から「なんだか面倒くさい会社だな」と言われても、「ニュートン・コンサルティングと関わっている会社であれば安心だ」と思われるようになりたいと思っています。
――もうひとつ、NSTには「社員」がいます。
お客様と直接対峙するのは社員です。お客様が本気でぶつかってきた時に、きちんと答えられる状態が必要です。ここには「夢中」「主体性」「チーム」という要素を入れています。本当に意味のあることに夢中になって、やりがいを一番のポイントに、信頼できる仲間たちと活動できる。そういったことを大切にする社員を目指してもらいたいと考えています。
コンサルティング会社は人が財産、というのはよく言われることですが、当社もどうしたら社員がやりがいを持って最高のパフォーマンスを発揮できるのか、常に考え続けています。
「なりたい自分たち」は追求していくのですが、一方でどういうお客様とご一緒させていただくかにも大きく影響されます。したがって、理想のお客様と付き合っていきたいと考えていますし、「我々はなりたい姿から外れていないだろうか?」というチェックリストで確認してから、新しい仕事を受注するようにしています。
お仕事をいただくときが、一番大事なんです。入り口で間違ったことをしてしまうと、必ず違う方向に進んでしまいます。
「当社はこのようなやり方をする会社です。お客様にもぜひご賛同いただきたい」とお客様とひざ詰めで話し合い、覚悟を持って発注を決めていただく。コンセンサスを得ずに仕事をすると、やっぱり社員も会社も不幸になります。そして、お客様も実質的な解決にならない、ということになるわけです。
このようなしくみづくりもリスクマネジメントと同様、文書化で完成するものではありません。これからも常に、日々の活動と結びつけて取り組み、「なりたい姿」に近づけていきたいと考えています。(前編はこちら)