次世代モビリティでは「脳」が移動する!? ANA発avatarinが「遠隔存在伝送」開発を担う人材と見る未来
「アバター」といえば、最近では「メタバース」の文脈で語られることも多くなった、CGで作られたキャラクターを想像するが、avatarin社では「ロボティクス、AI、VR、通信、触覚技術などの先端技術を集結し社会課題解決のために考えた遠隔操作ロボット」と定義している。
同社が開発した「newme(ニューミー)」と呼ばれる高画質、首振り機能、軽量化、カスタムデザインなど、社会への普及に必要な機能を備えた車輪駆動のアバターロボットを、水族館、美術館といった公共・観光施設に配備し、ユーザーが遠隔操作して、館内の展示物を楽しめるサービスがベータ版で2021年10月に提供開始。
しかし、同社はこの事業を本業とはしていない。どういうことなのだろうか。avatarin社はアバターに何を見出し、何を仕掛けようとしているのか。同社代表CEOの深堀 昂(あきら)さんにお話を伺った。
newmeの使命は”実社会での技術鍛錬”
――瞬間移動サービス「avatarin」がベータ版でサービスインされましたが、奇しくも新型コロナウィルスの影響によって移動が制限されているタイミングでした。事業として本格稼働されるのも近いのではないでしょうか。
このnewme事業がビジネスの柱として捉えられがちですが、我々はnewmeに使われているコア技術を開発している会社です。したがってサービスインは「不特定多数の人たちに、いろんな場所から接続してもらって、newmeを導入した施設の皆さまと協力して技術を鍛えている」というのが正しいでしょうか。
全国各地の水族館やミュージアムなど人が大勢集まりやすい施設に導入し、実際に動かしてみてどういった課題があるのかを洗い出して改修するのが大きな目的の一つです。遠隔操作は当たり前にできないといけないですし、データストリーミングもしかり。一番難しいのはリアルタイム性で、それを求められるロボットを使って検証しているのです。
このコア技術は、ロボットだろうが、車であろうがドローンであろうが、あらゆるモビリティと人とが繋がるようになります。飛行機だってアバターの一種になっていくのは間違いないと考えています。飛行中にパイロットが倒れた場合は、地上で待機している別のパイロットが遠隔でテイクオーバーして着陸まで持っていくとか。自動運転の車でも、やっぱり人の存在があった方が良い場合が多くあります。無人運転のバスに乗るのが怖いっていうおばあちゃんは何人も知っています。「おばあちゃんどうぞ横切ってください」っていうふうに声をかけるだけでバスの前を渡れるわけです。
Googleストリートビューでアフガニスタンのカブールを見るとします。そこには街並みが映っていますが、過去の姿であって今ではない。また自分だけで見ている世界であり、そこに映っている人とはインタラクティブに交われない。これからはリアルタイムに現地に行って、会話をしたりとか、困っている人を助けたりだとか、観光したりとか、すべてを自分事化できるようになる。2025年にはリアル社会でリアルタイムかつヒューマンタッチにできるアバターネットを目指しています。
もちろんメタバースのようなバーチャル空間とも垣根なく縦横無尽に繋がることができます。どちらの世界でもかまわないのですが、ただ日々何かが変わっていくリアル社会はやっぱり楽しいですから動物が追いかけてくるかもしれない、人助けしたらその人が自分を探しにくるかもしれない。ゲームでは実現できない、もっと人と人との繋がりを誰もが享受できる手段として開発しています。この技術のポイントはただ機械を遠隔操作するのではなく、また乗り物に乗り込んで肉体を移動させるものではありません。”自分”という存在をモビリティに伝送することにあります。ここでいう”自分”とは自我のあるもの、すなわち”脳”です我々はこのコア技術によって脳を瞬間移動させる「遠隔存在伝送」をかなえようとしているのです。
「移動とは何かを再定義」元祖航空ベンチャーANAだから成し得たチャレンジ
――脳を瞬間移動させるというのも驚きですが、身体を移動させることを生業とする航空会社でなぜややもすれば売上を減らすことになるかもしれない新規事業を興したのですか?
私は元々飛行機が好きでANAに入社しましたが、入社当初にエアラインがどれだけの人に利用されているのかを調べたところ、エアライン全体のユーザー数は世界人口の6%というごく限られた人しか利用していないことがわかったのです。身体的に利用できないとか、時間がなくて乗れないとか、コスト的に高いとか。それらに加え、台風のような天候による欠航や今回の新型コロナウィルスのパンデミックで衛生面によるフライト停止などで人間の移動を制約しています。
移動について深く考えている最中に脳科学者と、人間の主体はなんであるのかと話す機会があり、それは身体ではなく脳ではないかということでした。例えば、私と目の前の人と脳を入れ替えると、身体は違っても意識は変わらないのです。脳は電気信号ですのでこれは瞬間移動できるのではないかと考えました。インターネットを使えば光の速度で、それかロボットだろうが、ジェームスキャメロン監督のアバターのようなものであっても関係なく自分という存在を伝送する「遠隔存在伝送」が可能なモビリティを作れないかと思い、有志を募って事業を立ち上げる準備に着手しました。
もちろん立ち上げるにあたっては東京オリンピックで需要が見込める絶好調な時期でしたので「エアラインのビジネスを破壊するのか」という声もなかったわけではないですけど、 そこはヘリコプター事業からエアラインに参入してきた元祖航空ベンチャーのANAだけあって、サポートしてくれることになりました。業務外ではありますが事業化の準備はすべて許可もらってやらせてもらえました。
その中で2016年にはロサンゼルスで開催されたXPRIZE財団の「VISIONEERS 2016」というコンペに参加するチャンスを得ました。これが結構巨大なコンペで、政府機関や大手コンサルなどそうそうたる顔ぶれがライバルとして居並んでいました。与えられた課題は「10億人の生活を変えるようなテクノロジーコンセプトを考える」というものでした。そこへ共同設立者となる人物と共に「瞬間移動」のテーマでプレゼンしました。生まれた場所や時間や身体的制約がなく誰でも瞬時に移動できれば、必ず生活は一変すると。
おかげさまでグランプリを頂き、250名の投資家に支援してもらうことが決定。そこにANAがコミットして2020年の4月に会社設立に至り、私もANAを辞めCEOとして事業を動かしていくこととなったのです。おりしも新型コロナウィルスのパンデミック下でのサービスインでしたが、事業構想自体はずっと前から積み上げてきたものでした。
プロトコルもアルゴリズムもすべて内製 トップエンジニアが15カ国から集う
――現在では40名の社員がいらっしゃるとのことですが、開発体制と内容はどのようになっていますか。
40名のうち、およそ半数がエンジニアです。先程申し上げた通り、newmeを開発しているゆえに、当社はロボット製造メーカみたくみられるのですが、実際はテックベンチャーです。トップ技術者が集まっているので、高性能ロボットを作ろうと思えば、もちろん全然できるのですが、それだと既存のロボティクスメーカーと変わらなくなってしまいます。日本はそれを繰り返してきているので、もはや世の中に出てインパクトを与えるものを出せる可能性は低いです。
これまでのロボットビジネスは、ものめずらしさやロボット好きを対象にビジネスをやっていたと受け止めています。当社は瞬間移動できるモビリティのコア技術を開発していますので、その中にはもちろんロボティクスもありますし、通信、プロトコル、アルゴリズムからクラウド、セキュリティ、VR、AIに至るまであらゆる技術が結集されていて、それらをかなりのスピード感をもって開発する必要があるためすべて内製化しています。
ロボティクスだと、ハードウェアだけで5年ぐらいかけて開発してから、やっとPoC(概念実証)なんてことがありますが、弊社だとそこは1年程度でやってしまいます。日々のアップデートも、2週間に1回のペースでやっており、1ヶ月経てば別物になっていることもあります。
このように技術とスピードを求められる環境なので、非常に優秀なエンジニアを集めています。世界15ヵ国からトップレベルの企業で働いていた人材が転職してきていて、おかげさまで、最近では日本オープンイノベーション大賞内閣総理大臣賞、第5回宇宙開発利用大賞の総務大臣賞を受賞しまして技術的にも評価をされてきています。
また内閣府が旗振り役となっている、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題の解決に向け挑戦的な研究開発を推進する「ムーンショット型研究開発制度」にも参加しており、2050年までに人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現するためえの研究開発を進めています。
英語が飛び交う社内だが共通言語は「情熱」GAFA超えを信じてカオスを楽しめる人に来て欲しい
――世界各国から人材が集まっているとのことですが、日本企業と違うところはどういうところですか。また御社に向いている人物像はどのようなものですか。
やはり特徴的なのは言語環境でしょうか。日本語が喋れないメンバーが大勢いますので、社内でのコミュニケーションのほとんどが英語で行われています。全体会議も日本語と英語でやります。ただ、日本語をしゃべれなければならない、英語でしゃべらないといけないっていうのはないです。特に仕事を進める上で、こうやりたいが出てくると喋り方に熱を帯びてきますので、日本語話者も英語話者も意思疎通するのに情熱で会話しているといった方が正しいのかもしれません。
お互い同じ場所にいて仕事をしていると、なんとなく日本語か英語かというのではなく、お互い理解しあおうとするオープンなマインドが必要です。採用情報には「Be Friendly」とか「Be Human」など12からなる行動指針「12Be’s」があるのですが、そういったスピリットを持ち合わせている方を大前提として求めています。
弊社に向いている人材はやっぱり「自分が自分が」タイプであることが重要ですね。担当範囲に関わらず「これが問題で、こういう仮説が考えられるので、とりあえずこうしてみようと思う」といった、いわゆる大企業では嫌われるかもしれないような人かもしれません。誰かが指示出してくれるのを待っているようだとスタートアップとしてなりたたないので、そういったぐいぐいくる人材は重要だと思います。
メンバー同士がいい意味でぶつかり磨き合いながら綺麗な本当に一つの綺麗な水晶玉ができるみたいな感じです。それに加えて、スピード感をもって仕事を進めるならば、ダイレクトに言いたいことは言う必要がありますし、そこはやっぱり個人の枠にとらわれず、会社全体を前に進めていくっていう熱意があって欲しい。これまでの肩書きなんかよりもそういったマインドを持ち続けられるのが重要です。
あと業務もカオスになりがちですが、スタートアップっていい意味でカオスを楽しめる人材じゃないとやっていけないですね。誰もやったことがない新しい産業を手がけていますので。公共の施設にロボットを入れてガンガン遠隔で存在伝送しながら動かすって「本当にできるのか」みたいなレベルの話です。そこはやってみないとわからないこともたくさんあって。もちろん仮説を立てて試しますけど、うまくいかない場合は結構早く全体の計画を大きく変えます。メンバーにとっては、計画変更は本当に大変です。その代わり成功すればインパクトは絶大です。GAFAを超える可能性を持っていると本気で思っていますし、メンバーとして信じてついてきて欲しい。それがスタートアップがサバイバルしていく重要な要素なのです。
【プロフィール】
深堀 昂(ふかぼり あきら)
avatarin株式会社 代表取締役CEO。
2008年に、ANAに入社し、パイロットの緊急時の操作手順などを設計する運航技術業務や新たなパイロット訓練プログラム「B777 MPL」立ち上げを担当するかたわら、新たなマーケティングモデル「BLUE WINGプログラム」を発案、Global Agenda Seminar 2010 Grand Prize受賞、南カルフォルニア大学MBAのケーススタディーに選定。2014年より、マーケティング部門に異動し、ウェアラブルカメラを用いた新規プロモーション「YOUR ANA」などを企画。2016年には、XPRIZE財団主催の次期国際賞金レース設計コンテストに梶谷ケビンと共に参加し、アバターロボットを活用して社会課題解決を図る「ANA AVATAR XPRIZE」のコンセプトをデザインしグランプリ受賞、2018年3月に開始し、現在82カ国、820チームをこえるアバタームーブメントを牽引中。2018年9月、JAXAと共にアバターを活用した宇宙開発推進プログラム「AVATAR X」をリリース、2019年4月、アバター事業化を推進する組織「アバター準備室」を立ち上げ、共同ディレクターとしてプログラムをリード。