昔はゲームのセーブデータがよく消えた……「ドラクエ3とFE外伝で何度泣いたか」「カセット落とすと血の気が引いた」
楽しく遊んだゲームの進行状況をセーブして、就寝する。翌日、「さあ続きをやるぞ」と思ったらデータがない。こんな理不尽に見舞われたゲームキッズが昔は多かった。
ファミコン、スーファミの時代はゲームもカセット。ちょっとした衝撃で壊れることもあったし、セーブデータが消えることもよくあった。幸い、僕は大人しい性格だったし兄弟もいなかったので、暴れてぶつかるとか物理的な刺激をカセットにあたえることはほぼ皆無。だからデータが消えた体験は1回ぐらいしかない。
それでも消えたのはショックだったし、それが友達から借りたFFだったので、本当に胃が痛くなった。彼のデータまで消してしまったので……。しかし、たびたびデータの消えるゲームに、なぜ昔の子どもたちはあんなに熱心だったのか。今回はその理由を考えてみよう。(文:松本ミゾレ)
「プレイ中にちょっとソフトに触れただけでセーブが消えてた」
先日、5ちゃんねるに「昔のゲームってデータ消えまくってたってマジ?」というスレッドが立った。スレ主は「昔の人マゾすぎない?」と書き込んでいるので、平成生まれの比較的若い人なんだろう。
僕はデータが消えるという理不尽に遭遇した経験がかなり少ない。どちらかというとプレステで自分の不手際でデータを消すというやらかしをしたことが何度もあるぐらいだ。そこまでカセット時代のゲームで悲しみのどん底に叩き落された思い出は負わずに済んだ。
でもねえ、同級生たちは本当にしばしばこの不運に直面して、目に見えて落ち込んでいたよ。別にマゾでもなんでもない。もらい事故みたいなもので、「人生、たまにこういうどうしようもない不幸がある」的なことを学んでいたんだと思うなぁ。スレッドにも、そんな時代を駆け抜けたかつての少年たちの書き込みが多い。
「ドラクエ3とFE外伝で何度泣いたか分からない」
「かーちゃんの掃除機がスーファミに当たった時の絶望感」
「友達から借りたFF4が脆すぎてプレイ中にちょっとソフトに触れただけでブラックアウトしてセーブが消えてた。あの飛空艇が出てくるオープニングを何度見たことか。軽いトラウマ」
「カセット落とすと血の気が引いたよね」
「スーファミの近くをちょっと勢いよく歩いただけでデータ消えてた」
こんな具合に、悲劇を経験した人々の声は枚挙に暇もない。そうそう、衝撃、振動。これらはカセットにとってはご法度だった。でも遊びたい盛りの子どもたちにそんなに基本無理なわけで。
データが消えてもめげずにニューゲームから始める子どもたち
スレ主は、すぐにデータが消えるゲームにめげずに取り組む姿勢を疑問に思っているが、これはもうしょうがないのだ。昔は今ほどゲームが安くない。スーファミのカセットだと1万円以上するものもあった。
どんなにデータが飛んでしまっても、諦めるには惜しいほどゲームは値が張っていたのだ。親だって苦労して稼いだお金で買ってくれるわけだし、それを粗末にはできない。だから涙をこらえてニューゲーム。それしかないのである。
後年、プレステのソフトはフルプライスで5800円とかだったときはびっくりした。ほぼ半値なんだもん。まあ、あっちはあっちで傷がつくと再生できなくなる脆さがあるんで、カセット同様弱点が多かったけど(それは今も変わらない)。
僕の同級生にも、どのゲームだったかは忘れたけど、いつもいつも終盤になるとデータが消えて、また最初から遊び直している奴がいた。敵グラが動いてた印象があるから、多分『ルドラの秘宝』かなぁ。彼も結構貧乏な長屋住まいだったから、意地になってずっとプレイしていたんだよね。
そのためか、彼は我慢強い子として一目置かれるようになった。今もゲームをやっているけど、僕がいつPSNにログインしても直近でのログイン記録がある。きっと、鍛えられたのだ。不屈のゲーム力ってものを。