「360°フィードバック」の最もシンプルな問いは、たったの2点だけ:YOU THE OWNER岡野求さんに聞く「経営者マインドセット」の育て方(後編)
「全員経営者マインドセット」という手法で企業コンサルティングを行うYOU THE OWNER代表の岡野求氏。「自分の人生の経営者に」を掲げ、社員の当事者意識を高めるさまざまな手法を研究し、会社の課題に応じたメニューを提案している。
後編は、社員が成長する機会を会社としてどう仕組み化していくかについて。全社研修や「360°フィードバック」の上手なやり方を、グローバルウェイ取締役CHROの根本勇矢が聞いた。(構成:キャリコネニュース編集部)
「トップダウンの組織」では変化に対応できない
――前回、「1on1」ミーティングのコツについてお話しいただきましたが、「全員経営者マインドセット」という手法が目指す会社の姿とは、あらためてどういうものでしょうか。
短期の結果を出すことだけを考えると、トップダウンでものごとを進めたり、管理を強化したりして「右向け右」の集団を作った方がいいのかもしれません。そちらの方が、短期では成長スピードも早くて、成果も出しやすかったりする。しかし、複雑な市場の変化に対応していけるかというと、難しいわけです。
これに対し、私たちのアプローチは、社員一人ひとりが当事者意識を持って仕事に向かえる状態を作ることを重視しています。目指すのは、各社員が創意工夫を行い、現場から戦略にフィードバックがかかり、市場の変化に対応し、中長期の成長ができる組織づくりです。
第一線で働いている人たちが、部門長にお客さまの声などをフィードバックしながら、市場を開拓してビジネスを作っていかなければならないフェーズでは、トップダウンの組織が機能しにくい側面があります。どちらがいい悪いではなく、そういう特性を踏まえて組織づくりをしていく必要があると考えています。
――しかし、「当事者意識を高めよう」なんて会社から押しつけられると、抵抗感を抱く社員が多いのではないですか。
それは多くの会社が、意識が低い人から手をつけようとしてしまうからです。それだと成果が出にくく反感も買いやすくなってしまう。いきなり全員を底上げしましょうとか、やる気のない人のやる気を出させましょう、というやり方は得策ではありません。
アプローチのコツのひとつは、まずは当事者意識の比較的高い人を対象にして、その人たちのマインドセットを上げ切ってしまうことです。
成長を妨げるのは「他責」のマインド
――マインドセットが高い人たちから始めると、どういうメリットがありますか。
例えば100人のベンチャー企業で、創業社長だけが当事者意識が高い状態を想定すると、1対99という構図になります。しかし幹部とかリーダー、執行役員や部門長など9人のマインドセットを上げ切るだけで、10対90になります。
そうすると、変化のスピードは格段に上がり、個々の社員にアプローチをしてマインドセットを変わっていく。そして徐々に20対80、30対70となっていき、組織全体のカルチャー変革へとつながります。
いまお話ししたのは、幹部クラスに絞り込んだアプローチですが、もうひとつ、全社員を対象としたやり方があります。これは「1日全社合宿」ですが、全社員に対してシンプルに重要なところだけ気づいてもらうような場をつくります。
――「重要なところだけ」とは、どんなところでしょうか。
社員一人ひとりが「この会社を本気でよくしよう」と思えることが大事ということです。そして前回も少しお話しした「アイスバーグ(氷山)」の説明をして、目に見える結果の下には、スキルだけでなく、熱い思いやふるまいが大事になって、さらにそれを形にした習慣がとても重要になる、といったお話もします。
さらに、そのアイスバーグを大きくすることが個人の成長になり、成果を大きくしていくことにつながるということと、その成長を妨げる要素が「他責」(不満や不遇の原因を他者に求める態度)であること、自分と会社を成長させるためには「他責になっちゃいけない」ということを伝えていきます。
そうすると、当日は高揚して当事者意識が上がるんですが、合宿が終わると熱はぐんと下がるんですね。でも、本質が理解できる人たちが一定数残ってくれて踏ん張ってくれる。そしてトップクラスの人たちと協力して、「他責になっちゃダメだよね」といった会話を増やしていくことで、企業文化が変わっていきます。
「成長を阻害するブレーキ」を外した経験を共有する
――こういう研修って、元からマインドの高い人をかえって白けさせたり、マインドを上げたくないと反発を買ったりすることってないですか。
トップダウンで強制するようなスタンスをとってしまうと、そうなりますよね。ですから、決して考え方を強制しない、あくまでこういう考え方を持てば、皆さんの人生がより豊かになるんじゃないか、という提案として伝えます。
ある金融系ベンチャーで、約300人の社員が参加した1日研修の事例をご紹介しましょう。まずは事前に吉田行宏さんの『成長マインドセット』という本を事前に読んできてもらい、午前中はその内容の復習をします。
そして、「あなたにも成長を阻害するブレーキがあったために、悩みを抱えて伸び悩んでいた時期ってありますよね?」「そのブレーキを外して、成長できた経験ってありませんでしたか?」といった過去の経験を、社員の方々に問いかけます。そして5~6人でグループを作って、「成長マインドセット」に紐づけて一人ずつ自分のエピソードを語ってもらいます。その中から全社の場で発表してもらいたい人の話をひとつ選び、そこから1時間かけてその人のプレゼンテーションをみんなで作っていきます。
プレゼンテーションでは、その当時の写真を使ったり、その会社さんのうちわだけで通用するような笑いを取り入れてもらったりして、聞いている人により深く伝わるように工夫をしてもらいます。最終的に5~6人が発表することになりますが、手触り感のある生のエピソードを共有することで、その具体的なストーリーが自分のことのように思えて、当事者意識が芽生えるきっかけになるのです。
また、今はバリバリに活躍している先輩社員も、本気で会社を辞めようと悩んだとか、他責にして失敗したことなどを語って自己開示し合うことにより、全体の心理的安全性や、信頼関係がググッと高まります。この手法は、会社のカルチャーによっては、導入しづらいと思われるかもしれませんが、事前にうまくリーダー層に会を盛り上げる必要性を理解してもらい、各チームを引っ張ってもらうことによって確実に成功します。
――「マインドセットを高めろ」と上から言うのではなく、自らの経験の中から「成長のきっかけ」に気づく機会を用意するんですね。
そうです。例えば、入社後に苦しくなって、経営陣のことが信じられなくなったとかで、退職しようと思ったことのある人が、それをどういうふうに乗り越えて、どう成長していったか、といった話をしてもらうと、一番共感してもらいやすいし、やらせっぽくないものになりますね。
もちろん、それで全員が気づきを得られるわけではないし、「ケッ、くだらない」と思いながら参加する人も当然いるんですね。でも、何もやらないよりは、当然やった方が組織全体の熱量は上がっていきますし、長い目で見て、そのような組織の熱量についていけない人は自然と居づらくなって辞めていきます。
フィードバックの目的は「成長の機会を最大化すること」
――マインドセットを上げるための有効な手法は、他にありませんか。
実はすごく有効なのが360°フィードバックです。この手法は大企業だと、マネージャーを登用するときの登竜門などとして使われていますが、社員数が少なくて予算の割けない中小企業でも活用できます。
人は特定の上司ひとりからネガティブなフィードバックをされても、「いや、この人わかってねぇな」と逃げたくなるものです。でも、自分が仕事を一緒にしている複数の人から同じようなことを言われると、矢印を自分自身に向けざるを得なくなります。なので、本音で相手を成長させるために、その人の成長ポイントをフィードバックしてあげる機会を半年に1回まわすと、それだけで組織としての信頼関係が飛躍的に高まります。
――確かに評価者を増やすことで、より公平な評価に近づく気もしますが、逆に吊し上げのような扱いを受けることはないのでしょうか。
誰か特定の人だけをフィードバックするのではなく、全員平等にフィードバックし合うので、吊し上げという雰囲気は全くありません。
360°フィードバックの目的は、評価査定以前に、直属の上司以外からの指摘によって個人の成長の機会を最大化することです。フィードバックの結果は必ずしも短期の査定評価に反映させない、という運用も十分考えられると思います。
また、評価項目もあまり増やす必要はありませんし、回答者数も多くなくてもいいです。最もシンプルなやり方は、その人の「良い点」と「改善してほしい点」を2つずつフィードバックしてあげることです。
――たった2点でいいのですか。
実は1点、「改善してほしい点」だけでもいいのです。本音で相手を成長させるためなのですから。でも、それだけだと本人になかなか受け入れてもらえないので、「良い点」をクッションとして入れるだけなのです。
改善を指摘し、受け入れられるメンタルになるには、どうしても土台となる信頼関係が必要です。そのためには、これまで紹介してきたような手法を組み合わせて、組織風土の醸成を図っていくと、より効果が出やすくなるのではないかと思います。
岡野求(おかの・もとむ):株式会社 YOU THE OWNER 代表取締役。早稲田大学理工学部卒業後、新卒で旧ガリバーインターナショナル(現IDOM)の関連ベンチャー、および本体の中古車販売を経験。その後、テラモーターズの創業メンバー、FiNCの取締役CHOを歴任し、LIFE PEPPER執行役員を経て現職。