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「後輩がやたら褒めてきて不快です」30代女性の悩みに精神科医が答える

イラスト:村澤綾香

イラスト:村澤綾香

友人や職場の人との付き合い、嫁姑問題など、人間関係の悩みは尽きないもの。すぐ感情的になる人、裏表のある人、群れたがる人、張り合ってくる人など、一見付き合いにくいあの人も、裏にある「ホンネ」が見えてくると関係が変化するかもしれない。

精神科医の水島広子氏の著書「私たちはなぜ『女』を面倒に思うのか」(自由国民社)の中から、職場のちょっと面倒な後輩との付き合い方を紹介する。

先生への相談

「私たちはなぜ『女』を面倒に思うのか」

「私たちはなぜ『女』を面倒に思うのか」

30代女性。職場の後輩のことで頭を悩ませています。20代後半の彼女はスタイルがよく、人の部類に入る方です。ただ、仕事のミスも多く、あまりうるさがられないようタイミングを見て指導しています。その彼女がやたら私のことを褒めるのです。「きれいですね」「仕事ができますね」「ほっそりしていてうらやましい」と。

自分ではそう思っていないので、うれしくありません。年下の彼女に評価されること自体ちょっと不快です。どう反応すればよいのでしょうか。素直に受け止められない私は心が狭いのでしょうか。ただ、彼女が褒めるのは、私だけというわけではないようです。

打算的に謙虚にふるまっているわけではない

この後輩のように、「自分はだめ」「あなたはすごい」という関係性の中でしか人と関われない、というケースは案外少なくありません。これは「おだててうまくやる」のとは違い。打算的に謙虚にふるまっているわけでもないのです。相手にポジティブな評価を下す、という形でしか人と関わることができない、というタイプなのです。

人から無条件に受け入れられた経験がない

なぜそういう人になってしまうのかと言うと、おそらく、自己肯定感が低い(自信がない)ため、ありのままの自分を出して人と関わった体験がないのでしょう。だめなところも含めて自分をさらけ出して無条件に受け入れてもらった、という体験がないと、人はどうしても「〇〇できる人はすごい」「××な人はすごい」と、その人が持っている条件に評価を下す、という形の関わり方しか知らなくなってしまうのです。

「この人はすごい」「自分はだめ」など、評価を下す以外の人間観を持っていないという人を、私は案外たくさん見てきました。実際には、人それぞれの事情や人生があって、「まあいろいろなことがあるよね」なのですが、無条件に受け入れられたことがなく、評価されるという形でしか人と関わってこなかった人は、他人に対しても同様な関わり方をするようになります。

評価を下すという形でしか人と関われない

この後輩の方からは打算を感じませんし、他の人ともそんなふうに関わっているようですから、「そういう関わり方しか知らない人」なのだと思います。そう考えると、気の毒にすらなります。同時に、後輩から評価を下されることに不快を覚えるのも、とても自然な反応だと思います。

なぜかと言うと、「評価を下す」というのは、あくまでもその人の主観的な評価を押し付けている、ということだからです。後輩の主観的評価を押し付けられたら、不愉快になって当然ですね。特に自分がどうでもよいと思っている点や、そうは思っていない点について言われると、「決めつけ」にすら感じられます。ですから、自分の心が狭いなどと感じる必要はないと思いますし、素直に受け止められないのはむしろ当然だと思います。

さて、どう反応するか、ですが、評価の内容そのものに反応する必要はありません。「そんなことないよ」と言っても、評価し合う関係しか知らない相手は、「いえ、本当にきれいです」と言い返してきて、話が面倒になるだけです。

とりあえず仕事の上だけのさっぱりした関係を目指したいのであれば、「きれいですね」と言われたら、「ああ、あなたにはそう見えるんだ」、「仕事ができますね」と言われても「ああ、あなたにはそう見えるんだ」と返していくだけで十分です。これは感情を乗せずにただ事実を伝えている、ということになります。「ああ、あなたはそういう主観的評価を下したのですね」というだけのことだからです。

助言を得ても、何を言われているかがわからないかもしれない

こんな人間関係しか持てない後輩を気の毒に感じ、もう少し何かしてあげたいと思ったら、褒められたときに、「あなたが優しい気持ちで言ってくれるのはわかるのよ。でも、自分のことについては自分なりにいろいろな思いがあって、あまり踏み込まれたくないな、という気持ちもあるの。ここは職場なんだから、私のことではなく、仕事のことについてだけ、話すようにしてくれる?」と言ってみてもよいと思います。

相手は何を言われているかがわからないかもしれませんし、否定されたように感じるかもしれませんが、それが頭に残っていれば、どこかのタイミングで自己成長の機会を得るかもしれません。

→「ああ、あなたにはそう見えるんだ」と返せば十分

■著者プロフィール
1968年生まれ。精神科医。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了(医学博士)。慶應義塾大学医学部精神神経科勤務を経て、現在、対人関係療法専門クリニック院長、慶應義塾大学医学部非常勤講師(精神神経科)。アティテューディナル・ヒーリング・ジャパン(AHJ)代表。著書は、ベストセラー『女子の人間関係』(サンクチュアリ出版)ほか多数。

※本記事は水島広子氏の著書「私たちはなぜ『女』を面倒に思うのか」を再構成したものです。

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