あらゆる産業でDXへの取り組みが加速する中、国内の製造業を牽引する株式会社ブリヂストン(以下、ブリヂストン)は中期事業計画(2021-2023)において、新たな社会価値や顧客価値を提供する独自のDX戦略を提示した。
ブリヂストンの土台であるものづくりの「リアル」と「デジタル」をいかにして組み合わせていくのか――。長大なバリューチェーン全体のイノベーションを加速させる要となるのは「膨大なデータの利活用」そして「人財」だ。
新たな価値を生み出す「ブリヂストン流のDX」について、デジタルソリューション企画部門 デジタルAI開発部 部長の花塚 泰史さんに伺った。(文:千葉郁美)
膨大なデータを「お客様の価値」と「ブリヂストンの価値」へと進化させる
――御社は中長期事業計画において「より大きなデータで、より早く、より容易に、より正確に」、「断トツ商品」「断トツソリューション」を開発・展開することで新たな社会価値、顧客価値を提供するという「ブリヂストン流のDX」を推進していく方向性を示しました。どのような取り組みなのでしょうか。
ブリヂストンが取り組もうとしているDXの、いわばスローガンになっているのは「より大きなデータで、より早く、より容易に、より正確に」です。
我々は製造業の中でも長大な垂直統合型のサプライチェーンを持っているめずらしい企業です。サプライチェーンの入口はゴム農園から。当然自然相手ですので天候に左右されますし、毎年同じだけの天然ゴムを収穫できるわけではありません。いろいろな課題がある中で、どういう季節にどんな品種からどれくらい収穫できるか、というデータを蓄えてきました。
さらに製造の過程においては原材料の品質管理や製造工程に関するデータ、物流や販売店への納品のデータ、リテールショップではお客様のデータもあります。
このように農場から始まり製造工場、物流、そして販売までの長大なサプライチェーンの端から端まで、膨大なデータを蓄えてきました。データをしっかりと活用して社会価値や顧客価値に寄与すること、それが大きなミッションです。
――膨大かつ非常に有益なデータを蓄積してこられたのですね。活用する上で課題はありましたか。
すでに膨大なデータがある一方で、すべてが紐づけられて一気通貫に取れているのかというとそうではありませんでしたので、インフラの整備を進めていかねばなりません。
また、まだまだ眠っているデータも当然あります。それを掘り起こして、さらにお客様の価値、そしてブリヂストンそのものの価値にも繋げていきたいと考えています。
――データはどのように「お客様の価値」や「ブリヂストンの価値」に繋げていこうとお考えでしょうか。
まずお客様に提供できる価値は、今までになかった情報をお客様に提供することで、さらにそのお客様のビジネスが効率化する、そういった価値があります。
そしてブリヂストンの内部に返すという意味では、データをエンジニアリングチェーンへと返し、研究開発や製造工程で活用されます。「お客様はこういった使い方をされているから次に開発するタイヤはこういう改良をするべきだ」と。そういう情報の使い方もあるわけですね。
こうした「リアルのビジネスに対してデジタルがどう貢献していくのか」といったところが我々の独自のDXの取り組みだと考えています。
製造業全体がDXを加速しきれていない部分がある中で、我々が先人を切っていこうという意気込みで取り組んでいます。
――データを活用する取り組みはこれまでにも成果を上げられています。航空機タイヤの交換時期を高精度で予測できるシステムは、御社の持つタイヤに関する知見とデジタルを活用した摩耗予測技術と、日本航空(JAL)の航空機に関する知見とフライトデータを掛け合わせて実現しました。
こうしたオープンイノベーションに今後も積極的に取り組まれるかと思いますが、どのような可能性があるでしょうか。
たくさんの可能性があると考えています。
タイヤ周りのソリューションにおいては「Tirematics(タイヤマティクス)」というトラックやバスなどを複数台所有するフリート様向けの空気圧管理システムをすでにリリースしているのですが、こういったものがさらに進化してタイヤ周りの情報からヘルスモニタリングができるようになることで、より安全運行をしてもらうことに貢献できると考えています。
さらにタイヤ周りに限らない車両全体のソリューションにおいては、JAL様との取り組みを鉱山車両用タイヤやトラック・バス、一般乗用車というように幅広い領域に応用させていくことも考えています。こちらはビジネス体型がそれぞれ違うものですが、同じようなスキームで提供することができるのではないかと考えています。技術開発とビジネスモデルの確立というところに取り組んでいるところです。
また、データだけでは見えないような裏に潜んでいるメカニズムを理解して取り組めるのは、我々ブリヂストンが培ったエンジニアリングの知見あってこそだと自負しています。「匠の技」とも言える部分もうまく取り込んで予測モデルを作る、こうしたことはおそらく他社には真似できない技術になってくるだろうと認識しています。
社員全員が対象の「データサイエンティスト研修」
――今後の発展に期待が膨らみますね。一方で、ブリヂストン流のDXを推し進めていくにはそれを担う「人」も重要になると思います。人財育成には東北大学との産学連携もスタートされたということで非常に注力されていると思いますが、いわゆるDXの取り組みは内製化を目指そうという方向性でしょうか。
これまで同様に社外のパートナー企業とタッグを組み、お互いに分業してシナジーを生むというのももちろん重要です。ただ一方で、予測アルゴリズムといった各種のAIシステムはそれ自体が価値を持つようになってくると思います。
そうした部分は外部に依頼するのではなく、我々自身の今まで持っていた知見や知識を導入した形で取り組んでいく必要がある、つまりは内製化が必要であろうと考えています。そして当然それを担う人財も必要としています。
――データアナリストやAIを構築する人財育成について、どのようなお取り組みをされているのでしょうか。
社内で「データサイエンティスト研修」を実施しています。これは一般社団法人データサイエンティスト協会が提示しているデータサイエンティストのスキルレベルをもとに、「アシスタント」「アソシエイト」(下から2段階)までを学べるものになります。
さらに高度な技術については、東北大学との共同プロジェクト「共創ラボ」などで学びを深めることもできます。
高度なデータを操る人財を育てる「共創ラボ」でさらに尖った専門性を身に付ける
――2021年10月よりスタートした「共創ラボ」は、3年間のプログラムで延べ40名の高度デジタル人財の育成を予定されておられるとのことですが、どのようなプログラムなのでしょうか。
このプログラム自体は社内の研修制度の一環になっていて、まず社員を東北大学に派遣してプログラムの中に参加してもらう形になります。そこに大学の教授、一部学生さんにも入っていただき、いわゆるPBL(Project Based Learning /問題解決型学習)でワーキングセッションを作り、議論をしながら学んでいく体型を作っています。
具体的には「ソリューションフィールドエンジニア」「AIアルゴリズムエキスパート」の2階建ての構造になっています。
ソリューションフィールドエンジニアは、お客様が何に困っていて、どんな技術を使ったら喜ばれるのか、商品化できるのかを突き詰めて考える人を育てるプログラムです。
一方でAIアルゴリズムエキスパートは定義された問題を素早く解く、とにかくプログラムを書く人を育てるプログラムになっています。
それぞれに分業し強みを発揮し合いチームとして成果を出す、それを目指しています。
また、さらにもう一段階勉強したいという方には、大学院の博士課程に進んでいただける制度があります。現在もこの制度によってデータサイエンス領域で2名が国内外の大学院に進んでいます。スキルを身につけ学位を取って戻ってもらい、今後はそれを社内の中に広めていただく役割をしてもらう、そういった期待を込めています。
――社会人としてそれほどまでにスキルアップを応援してもらえるというのは非常にありがたいことですね。こうした研修は誰もが受講できるものなのでしょうか。
データサイエンティスト研修について「アシスタント」までの内容は新入社員全員が受けるものとしています。また、既存の社員でも所属する部署や職種に関係なく、手を挙げていただいた方に受けてもらうことができます。
今やDXに関係しない部署はありません。基礎研修は全ての社員が受けるべきものだと考えています。
――システムやITに関わってこなかった方がこのデータサイエンティスト研修によって新たな事業のアイデアをひらめいたり、自分が関わる仕事もちょっと数値化してみようかな、なんて思いついてくれたり、相乗効果が生まれてくれそうですね。
まさしくそういった相乗効果を期待しています。社内では「π型人財」を育てていく必要性について言われているところです。タイヤやゴムの深いドメイン知識を持っている人財はたくさんいるわけですが、その方々に今度はデジタルの足を生やしてπ型にしていこうという取り組みです。
さらには、これまであまり採用してこなかった人財として、デジタルだけのものすごく深いスキルを持つような「I型人財」にも注目しています。
多様な知識はなくても、チームで共創することで成果を出すことができます。さまざまな人財に我々の中に入っていただいて、化学変化を起こしながらもっと新しいことを生み出していきたいですね。