【ネタバレなし】就活や仕事が不安なあなたへ 映画評論家・前田有一がおススメ映画を厳選
―いよいよ就活が解禁されました。今まさに就活に取り組んでいる人におススメの映画はありますか?
『ルディ/涙のウイニング・ラン』(1993年、監督:デヴィッド・アンスポー)は、これから努力しよう、やる気を出そうと思っている人にぴったりの映画かと思います。これは才能がないのに努力した人の話なんです。
主人公のルディは、アメフトが大好きなんですが、身長が160センチしかなく、高校のアメフト部ですらレギュラーになれませんでした。そんな彼がアメフトの名門大学でレギュラーを目指すという話なんです。彼は夢の実現のために、血のにじむような努力をします。努力しても得られるものはわずかしかないんですが、そこにリアリティーがあるんです。就職活動でどれだけ苦労しても、学生時代はどんなに優秀だった人でも、社会人になれば新人からのスタートです。努力していきなりホリエモンになれるわけではありません。
これはロッキーのような映画とは対照的です。ロッキーでは、チャンピオンになれますからね。少年漫画でも、主人公は強くなれば、魔王や強敵に打ち勝つことができる。でもそれではファンタジーになってしまいます。
―ただ、就活や社会の厳しさにすでに打ちのめされそうになっている人もいるかもしれません。そうした人におススメの映画はありますか?
そういう人にはホストクラブを舞台にした『NIGHT☆KING ナイトキング』(2008年、監督:藤原健一)がいいでしょう。これは愛田武という実在の人物の半生を描いた映画です。愛田さんはご自身も元々ホストで、歌舞伎町にあるクラブ「愛」のオーナーとしても有名です。テレビで見たことがある人も多いのではないでしょうか。
彼は、新潟から上京してセールスマンになるのですが、女好きが祟ってクビになってしまいます。そこで女好きであることを生かそうとホストになるんです。自分はモテるから余裕だと思っていたみたいですね。
でも実際には、ホストはすごく厳しい世界です。上下関係も厳しいし、お客さんの奪い合いも過酷です。頑張れば稼げるかわりに上手くいかなければ生活費すら稼げないこともある。お酒で体を壊す人もいます。
愛田さんも初めは全く上手くいかなかった。それでもダンスを習ってみたり、新聞を読んで会話の引き出しを増やしたりとできることからやっていった。ホストという職業に真剣に向き合ったんです。今、何かの壁に直面している人も、やれることからやるという姿勢を真似てみてはどうでしょうか。
またホスト業界は、同じ職場でも、ホスト同士の足の引っ張り合いがすごいんです。でも愛田さんは、仲間思いで、誰かを足蹴にするということをしなかった。職場の仲間を大切にする姿勢も見習ってほしいと思います。
どこにも希望のない『遭難フリーター』
―就活に失敗してしまった人やブラック企業に入社してしまった人はどうすればいいでしょうか。
フリーターになってしまった人、働き始めたものの勤め先がブラック企業だったという人には『遭難フリーター』(2007年、監督:岩淵弘樹)しかありません。これは最底辺の生活を映し出したドキュメンタリーです。製造業で派遣労働者として働いていた岩淵弘樹さんは、日記として日々の生活を撮影していたそうです。それを編集して映画にしたのが本作なんです。
岩淵さんは、奨学金の借金と遊びで作った借金を抱えている。日雇い派遣で働いていても、寮の家賃などを差し引かれるとほとんど手元に残りません。給料も上がらないし、スキルが身に付くこともない。趣味を楽しむ余裕もないし、恋愛だってままならない。岩淵さんは努力する気力すら失ってしまっています。ここには希望が一切ないんです。
でも同じように希望のない状況に置かれている人や努力する気持ちすら湧かない人は共感できると思います。また頑張りすぎている人は、肩の力を抜くことができるかもしれません。
ちなみにこの映画は、新自由主義の末路を描いたものとして国際的にも高い評価を受けました。レインダンス映画祭(ロンドン)、香港国際映画祭の招待作品に選ばれています。
―自分のおかれた状況に合う映画を見れば、少しは気持ちが楽になるかもしれませんね。ところで前田さんは、最近『それが映画をダメにする』という本を出されたそうですね。これはどのような本ですか。
この本では、『アナと雪の女王』や『アベンジャーズ』などの個々の映画について批評を加えています。それぞれの映画についての理解が深まるだけでなく、「日本のマンガ原作映画が面白くない理由」や「右翼的な映画がなぜ増えているのか」といったこともわかるようになっています。
―右翼っぽい映画というと最近では百田尚樹さんの『永遠の0』などが思い浮かびます。こういった映画はなぜ増えているのでしょうか。
やはり愛国心を鼓舞するような映画の方がヒットするんですよ。ここで少し映画の歴史を振り返ってみましょう。戦中は国威発揚のための映画がたくさん撮影されていました。しかし戦後は、GHQの指示でいわゆる「自虐史観」ともいえるような左寄りの映画がたくさん作られたんです。その流れでずっときて、やがて『火垂るの墓』のようなヒット作も生まれました。あれは「一般市民に罪はなく、悪いのは軍部。市民にとって、戦争は天災のようなものだ」という映画です。
しかし2005年の『男たちの大和』や2007年の『俺は、君のためにこそ死ににいく』あたりから東映では保守映画が増えてきました。最大手の東宝も2012年に公開された『テルマエ・ロマエ』のヒット以降、そうした保守系の作品を作るようになりました。『テルマエ・ロマエ』は、一見保守映画でも戦争映画でもありません。でもローマ人が日本の良いところを賛美しているこの映画を見ると愛国心が鼓舞されるんですよ。
ウォシュレットやフルーツ牛乳は、私達にとっては当たり前のものですが、それが実はすごいものだったんだと気づかされるんです。『テルマエ・ロマエ』のヒットをきっかけに保守は興行収入につながるという認識が広まったようです。
この本では、他にも「日本の女優の脱ぎっぷりはどうして悪いのか」といったトピックにも触れています。読んでもらえたら嬉しいです。