武井壮、スポーツ界の暴力指導に「全ての教え子を殴ってコントロールできるとでも思ってるの?」過去にも痛烈批判
武井さんはメディア・ツイッターなどでスポーツ界のパワハラ・暴力問題の肯定派を度々批判している。16日にも、大人や指導者が「時には殴ってでも教える必要がある」というなら、まだ多くを知らない子どもたちが「気に入らない」という理由で人を殴るいじめはなくならないとツイート。
さらに「教員免許取ったくらいで、コーチや監督になったくらいで拳や平手が聖なるものにはなるわけねえよ」とコメントし、翌17日にも「話を聞かない、言うことを聞かないやつがいるから殴ることも必要?馬鹿な理屈はやめてくれよ本当に」と訴えた。
「何か教える時に的を得ない表現や話し方で、拙い技術論を教えることしか出来ない指導者いたら殴られて当然か?ダメだろ?教える側は殴って良い理由がどこにあんだよ」
「殴るのにも理由がある」という人に対して、指導者側が「殴る」ことでしか伝えられないのも問題があると感じているようだ。「どんな権利があって殴っていいのか教えてくれよ。暴力や威圧でしか教えられないっていう諦めなのか?」ともツイートしている。
「絶対に手を出してはいけない。殴ることで大まかに抑えるのは全く違うゴールになる」
このような話をすると「具体案はあるのか」と反論されることがあるが、武井さんは「具体案は『絶対に手を出さない事』だよ」と力説する。暴力以外の方法で徹底的に個別対応するしかなく、「殴ることで大まかに抑えるのは全く違うゴールになる」としている。
また暴力による指導は「受ける側」から許容されているだけで、許容されなければ「どんな指導者もその職を失う世の中。変わらなきゃスポーツに本当の未来なんてない、新しい時代を作りたい」と語った。いまスポーツ界の指導法は過渡期なのだろう。
一連のツイートに関して、リプライ欄には賛同の声も多く寄せられていたが、「場面によって変わる」「無視の方がつらい。まだ『しっかりせーよ!』って叩かれたほうがいい」という声もあがっていた。
全ての教え子を殴ってコントロールできるとでも思ってるの?勘違いも甚だしいよ https://t.co/wQOESfHzjv
— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月19日
世の中分かってるはずの大人や指導者が時には殴ってでも教える必要があるなんて言うんだから、世の中分かってない子供達が自分の言う事聞かないやつや気に入らないやつ殴るいじめは無くなる訳ねえよな。教員免許取ったくらいで、コーチや監督になったくらいで拳や平手が聖なるものにはなるわけねえよ。
— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月16日
話を聞かない、言うことを聞かないやつがいるから殴ることも必要?馬鹿な理屈はやめてくれよ本当に
じゃあ逆のこと考えてみろよ、何か教える時にに的を得ない表現や話し方で、拙い技術論を教えることしか出来ない指導者いたら殴られて当然か?ダメだろ?教える側は殴って良い理由がどこにあんだよ。。— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月17日
なのに出来ない奴がいたり、話を聞く気にもならない奴を殴って当然だってのはどんな権利があって殴っていいのか教えてくれよ。。暴力や威圧でしか教えられないっていう諦めなのか?その暴力の結果プラスとマイナスがあるなら、やるべきじゃないだろう?プラスになったやつがいるから良しじゃねえんだよ
— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月17日
こういう話に『じゃあ具体案はなんですか?』って反論がある。具体案は『絶対に手を出さない事』だよ。暴力を無くすこと、と聞かない子を無くす事は同じ議論にいれちゃダメなんだよ。
『暴力以外の方法で徹底的に』言うことを聞かない、やらないを個別に対応するのみだ、万能な方法なんかないんだよ。— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月17日
具体案は問題ある人の数だけあるだろ?その時期によっても違うだろう?それを『こうしたらいい』なんて一般論で語れる訳ねえだろう?
ひとりひとり全員違う誰かと対応しなきゃならねえんだから全部違う方法が必要なんだよそこに向き合うのか、殴ることで大まかに抑えるのには全く違うゴールになるよな— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月17日
暴力による指導なんてのは暴力を受ける側から許容されて成り立ってるだけなんだよ。誰もがそれを良しとしている訳じゃない。そのどれもが白日の下に晒される時代で、それを許容しない者がいればどんな指導者もその職を失う世の中だ。変わらなきゃスポーツに本当の未来なんてない、新しい時代を作りたい
— 武井壮 (@sosotakei) 2018年12月17日