とても広い旅館だった。部屋の扉を開けると土間があった。部屋に上がって襖を開けると、広々とした美しい和室が広がる。窓からは日本庭園が眺められた。ただ、トイレとお風呂に行くためには一度スリッパや靴を履いて、土間を通って行かなければならず、少し不便だった。
和室でしばらく過ごしていたが、トイレに行きたくなった。土間を通ってトイレとお風呂に通じるドアを開けた時だった。なんともいえない、ピリピリとした嫌な空気と、視線を感じた。
ドアを開けると左側にトイレの個室があり、目線の先、つまり部屋の突き当たりにお風呂があった。個室のドアを開けるために左を向くと、体の右側、お風呂の方から刺さるような視線を感じた。
「お風呂に何かある?」 そう思った筆者は、おそるおそる近づいて、開けてみた。でも至って普通のお風呂で、何かが見えたわけでもなかった。
でも、お風呂のドアを閉めて背を向けると、また背中に刺さるような視線を感じた。急いでトイレに入ったが、今度はトイレの上や外から気配や視線を感じた。
「このトイレとお風呂の部屋、嫌だ! 怖い!」
急いで用を済ませ、和室に戻った。それからトイレとお風呂に行くのが怖くて、トイレに行く時は霊感のない弟について来てもらった。個室の外で弟に待っていてもらい、大きな声でおしゃべりや面白い話をして気を紛らわした。
どうしても一人でトイレに行かなければいけない時は、独り言を大声で言ったり、歌を歌ったりしながら、とにかく「視線の主」に「気づいていませんよー」とアピールして、意識を向けないようにしていた。
なんとなく家族には言わなかった。父は筆者よりもはるかに霊感が強いため、きっと父には何か見えているんだろうなとは思っていたが。
夜中に謎の音 翌日、父に聞いてみると…
深夜、和室の布団で寝ていると、妙な音で目が覚めた。シュッシュッ、と畳をこするような音だった。人が歩いているようにも感じる。音の気配を辿ったが姿は見えない。でも筆者たちが寝ている布団の周りを、何かが歩いている気配がずっとしていた。
「やっぱりなんかいるんだ!」と思いながらも、その音の主は何かしてくるわけではなく、目を瞑って気にしないようにした。
翌朝起きても、部屋に痕跡はなく、弟や母から「昨日音がした」というような話も出てこなかった。チェックアウト後、父と二人きりになったので思い切って「泊まった部屋、怖くなかった?」と伝えてみた。すると父は、
「母さんと弟がいるから怖がらせたくなくて言わなかったけど、部屋に入ってすぐ、おじいさんの幽霊がいた。夜、部屋の中をおじいさんが歩いていた。父さんもあのトイレとお風呂は気味が悪かったけど、特にこちらに何かしてくる感じがなかったら、九字(護身法)は切らなかったよ」
と。筆者には気配しかわからなかったが、父には存在が見えていたのだった。
この部屋に泊まったことが関係しているのかはわからないが、旅館からの帰り道に筆者たちの車は事故に巻き込まれた。事故現場は見通しもよく、車通りも少なかったのだったが、なぜか車に突っ込まれた。幸いにも誰も怪我なく、車への傷くらいですんだ。
それから数か月経たないうちに、テレビでその旅館の名前を目にした。なんと旅館で火事が発生したというのだ。もちろん事故や火事は偶然だと思うが、心霊体験後のこの2つの出来事は強烈に記憶に残っている。その旅館は今も人気旅館として営業している。
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