キリンホールディングスDX戦略推進室長・皆巳氏インタビュー:まずは現場と「予見できる未来」を共有することが大事 | キャリコネニュース
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キリンホールディングスDX戦略推進室長・皆巳氏インタビュー:まずは現場と「予見できる未来」を共有することが大事

キリンホールディングスDX戦略推進室の皆巳祐一室長

キリンホールディングスDX戦略推進室の皆巳祐一室長

酒類・飲料などの「食」領域、医療用医薬品などの「医」領域に加え、食を通じた健康維持を目指す「ヘルスサイエンス」領域の拡大を目指すキリングループ。中期経営計画に「価値創造を加速するICT」を位置づけ、デジタル活用による「既存事業の価値向上」「業務プロセス変革」「新規ビジネスの加速・開発」に取り組んでいます。

2022年6月にはグループ一丸となってのDXの取り組みが評価され、経産省と東証による「DX注目企業2022」に選定。グループ各社・機能部門のハブとなり、全領域で横断的な取り組みを推進しているDX戦略推進室の皆巳祐一室長に「キリンのDX」推進の苦労話を聞きました。(NEXT DX LEADER編集部)

デジタルがなくても「明日の仕事」は回るけれども

皆巳祐一(みなみ・ゆういち):キリンホールディングス デジタルICT戦略部 DX戦略推進室 室長。食品メーカーで営業およびマーケティングに従事した後、2017年にキリンホールディングスのデジタルマーケティング部へキャリア入社。2020年にDX戦略推進室の立ち上げメンバーとして参画し、2023年より現職。

皆巳祐一(みなみ・ゆういち):キリンホールディングス デジタルICT戦略部 DX戦略推進室 室長。食品メーカーで営業およびマーケティングに従事した後、2017年にキリンホールディングスのデジタルマーケティング部へキャリア入社。2020年にDX戦略推進室の立ち上げメンバーとして参画し、2023年より現職。

――キリングループのDXの取り組みについては、読者の皆さんには別途編集部作成のまとめ記事を参照いただくとして、今回はグループ全体の「DX推進」を担うリーダーならではのお悩みに焦点を当ててお伺いします。現場の取り組みに間接的に関わる「推進」の仕事の難しさは、どんなところにあるでしょうか。

皆巳 キリングループと聞くと、ビールや飲料のイメージを持たれる方が多いかと思いますが、実は医薬事業の売上収益は国内酒類・飲料を中心とした食事業に次ぐ規模に成長しています。2019年中計からは、新たにヘルスサイエンス事業の育成にも取り組んでおり、この3事業での持続的な成長を目指す世界的にみてもユニークな事業ポートフォリオとなっております。

このような仕組みを作り上げた先人を含め、グループ3万人の従業員の努力には、自社のことながら本当にすごいと敬意を抱いています。事業現場からすれば、人さえいれば仕事が回る仕組みがすでにできているわけですから、デジタルを使っても使わなくても、いい意味で「明日仕事がなくなるわけではない」。そうなると、なかなかDXの課題化につながりにくい面があります。これは他のメーカーでも起こっていることかもしれません。

しかし、例えば向こう5年くらいを見据えたときに、今と同じ状況下で事業部門が行えているだろうかと考えると、やっぱり違うと思うんですね。ですからDXを推進する部門としては、まずは「予見できる未来やビジョン」を現場といかに共有するかが大事だと考えています。

それも「事業部門で考えてくれ」という乱暴な言い方ではなく、逆に私たちが考えて「現場はこうやってくれ」といった指示形でもなく、「私たちとしてはこのように未来を捉えているけれども、共感してもらえますか?」といった入り方が多くなっていくと思います。

その中で、事業環境の変化や新しい技術動向を知ってもらい理解してもらう工夫が必要で、理解が難しければこちらが表現などを分かりやすくして伝えることが大事になります。知らないこと自体は悪いことではありませんので。

――「これから生産年齢人口がこれだけ急減しますから、業務の自動化が不可欠になりますね?」といった形で見通しを示すのでしょうか。

皆巳 そこもいきなり「自動化」と言ってしまうと、じゃあ自分たちの仕事がなくなるのか、業務をガラッと変えざるを得ないのか、という反応を呼んでしまいますよね。

いま10人でやっている仕事が5人になっても、今と同じレベルの仕事を保てるように、というように「将来少ない人数でも、同じレベルの仕事を回せるように考えていきませんか?」という形にするとか。先に人を減らすことを目的として説明するのと、効率化のために導入するのとでは、伝わり方もだいぶ変わってくるかなと思います。

「アナログ業務」という言い方も古くさいものと捉えられるので、「フィジカルで汗をかいて頑張っている仕事を置き換えませんか?」とか。結果的に業務負担が軽減された場合でも、何人分の仕事が減った、ではなく「何千時間の削減」などの表現を選ぶようにしています。キリングループをここまで支えてきたのは、やはり人なので。

現場もDX推進も「目指すところは同じ」のはず

営業畑で人とコミュニケーションを取りながらお困りごとを解決してきた

営業畑で人とコミュニケーションを取りながらお困りごとを解決してきた

――「推進」に対して、現場からの反発を受けることもあるのですね。

皆巳 DXをやりましょうというと、事業部門から「DX戦略推進室や情報部門が成果を出したいだけでしょう?」といった反応を受けることはありますね。もちろん、DX投資の原資は事業部門の利益が生まれないことには出ないのも事実ですし、私たちもプロフィットセンターというよりはコストセンター寄りという見られ方をしても仕方ないと思っています。

だからこそ現場に強制力を持たせにくいところはあるのですが、そこは私たちも同じ社内であって社外のシステムベンダーではありませんので、「お客さまにいいものを届けたい」「業務を効率よく回して新たな価値をどんどん生み出していきたい」などといった目指すべきところは同じですよ、という意思を打ち出すことは変えないでいきたい。

また、中期経営計画などで示された変革の方向性をやり遂げること、そのために変えることも必要であり、それに向けた意思の固さは現場も推進側も同じように大事なので、あまり主従関係にならない形でDXを進めたいと考えています。

――DXやデジタルという言葉への反発もあるのでしょうか。

皆巳 それもあるかもしれません。私たちとしては「DX」という冠がなくても、事業に即した変革とか、事業の継続、事業を成長させるために一緒になって推進をやっていく覚悟ですよ、ということはよくお伝えしています。

「DXっていうと怖がるなら、もう言いません」という話もときどきします。「コンシェルジュ」の方がいいですか、とか(笑)。でも、それだと主従関係ができるので、「パートナー」や「ナビゲーター」ではどうかな、と思っているのですが。

――強い現場を持つメーカーで変革を推進していくためには、現場で働く人に対する気遣いや粘り強さが必要になるのですね。

皆巳 実は私はもともと営業畑の出身で、人とコミュニケーションを取りながらお困りごとを解決したいというスタンスが根底にあります。「自分はデジタル100%の人間ではない」という自覚があるので、現場はデジタル一本で押してもなかなか動かないもの、ということが理解できるのかもしれません。

とはいえ、ビジネスの観点からすると「DX戦略推進室は何をやっているんだ?」「いつ成果が出るんだ?」「どれだけの投資が進み、効果のあるものになっているのか?」といったことが気になるのは当然ですし、定量的な目標を達成する責任もあります。「推進」を担う室長として、成果をどう表現して見せていくのか、自分に課せられたミッションだと思っています。

「お客さまと近いところの思考」だけでは役割を果たせない

経営企画部内にDX戦略推進室が新設されたことが大きな転機

経営企画部内にDX戦略推進室が新設されたことが大きな転機

――あらためて、御社でDX戦略推進室が設置された経緯を教えてください。

皆巳 ITやデジタルの領域としては、システム構築や運用保守を担う情報部門は以前からあり、さまざまなビジネスの根幹を担ってきました。その後、情報基盤を作るだけでなく、それを用いたデータや情報をビジネスにどう活かすか、といった話が出てきました。

これを受けて2015年、キリンホールディングスの中にデジタルマーケティング部が立ち上がりました。この領域自体は必要な取り組みであり、いまもさまざまな業務を行っていますが、ビジネスそのものが大きく変わるには至らず、「ビジネスとデジタルの融合が進んでいない」という課題が残りました。

そこでコロナ禍真っ只中の2020年4月に、DX戦略推進室が経営企画部内に設置され、これが大きな転機となりました。「経営課題をデジタルで解決する」という文字通りのビジョンができ、DXの本格的な取り組みが加速する環境が一気に整ったのです。

2023年4月からは、情報戦略部と経営企画部DX戦略推進室が統合し、新たに「デジタルICT戦略部」が設置され、その中にDX戦略推進室が置かれる形になっています。

――皆巳さんはDX戦略推進室には立ち上げから参画しているのですね。

皆巳 DX戦略推進室の新設と同時にデジタルマーケティング部から異動しました。当時はそれまでの経験から、どうしてもお客さまと近いところの思考が頭から抜けなかったのですが、初代室長の秋枝(現常務執行役員CFOの秋枝眞二郎氏)からは、ここで果たす役割はそれだけじゃない、ということを徹底的に教わりました。

会社としてグループとして「デジタルはあくまで手段であり、DXで大切なのは“何かを変えること”だ。当然うまくいかないケースも多いが、仮説と違った結果が出れば、それは次への学びとなる」という指摘は、目から鱗が落ちたというか、そこで一気に考えの幅と深さが広がりました。そこから改めて勉強し直したことも多くあります。

――この3年半、DX戦略推進室ではどのような取り組みを行ってきましたか。

皆巳 まずはDX戦略を策定し、目指す姿や推進の枠組みについて検討しました。DXによる価値創出のフレームワークとして、「業務プロセスの変革」「既存事業の価値向上」「新規ビシネスの加速・開発」により、お客様へ新たな価値を届けることを目指しています。

キリングループのDXに関する取り組み(2021年9月16日)より

キリングループのDXに関する取り組み(2021年9月16日)より

現在までの進捗状況については、「業務プロセス変革」、つまりは効率化の取り組みは、問題がある程度顕在化していたこともあって、取り組む量も多くスピードも早く、各領域である程度一巡できていると見ています。

一方、「既存事業の価値向上」「新規ビシネスの加速・開発」、つまり価値創造については、効率化の取り組みと一緒に進めるにはリソースが不足していたのですが、効率化が一段落してきたこともあり、今後ドライブをかけていく予定です。

――今後のDX推進にはどのようなポイントがありそうですか。

皆巳 会社がこれから海外や新しい領域に事業を打って出るには、国内の既存業務を効率化し、身軽になってフットワークを軽くしていかなければなりません。そのためにはデジタルを活用し、現場業務の効率化や経営の高度化を進める必要があります。

他社との提携や海外進出をする場合にも、「キリンはこの基盤内でしかできません」とは言っていられなくなるでしょう。情報やデータが国境を飛び越えていく状況に備え、私たちも海外の情報を含めてインプットを増やし、データの管理やセキュリティを維持しながら最新のサービスを積極的に利用していく必要があると考えています。

デジタルへの慣れから「実効性を高める」カリキュラムへ

事業部門の自律的なDXの取り組みが増え、情報部門の役割も進化する

事業部門の自律的なDXの取り組みが増え、情報部門の役割も進化する

――DXを「事業ポートフォリオ変革」の起爆剤にしたいと考える会社は多いようですが、既存事業の生産性向上はともかく、新規事業創出の部分はデジタルを使っても簡単ではない、という話を聞きます。

皆巳 確かに新規事業については、デジタルだけでゼロから生み出すのは難しいかもしれません。しかし、社内にある小さなシーズや世の中に出ていない技術を、デジタルを使って新しいサービスとして世に広めていく余地はあると考えています。

キリングループでは、従来からの「食」と「医」に加えて「ヘルスサイエンス」の領域拡大を経営課題に掲げ、ヘルスサイエンス事業部の新規事業チームなど社内からビジネスアイデアの小さな種はどんどん生まれています。これをビジネス化していくときに、私たちも技術や情報を提供しながら寄り添いつつ、成長に向けて一緒に推進していきます。

――「経営基盤の強化策」としてDXを活用していく取り組みはありますか。

皆巳 データを使った経営の高度化の要請は以前からありましたが、事業環境の変化が激しくなったこともあり、経営判断の速さが求められ、それがビジネスの成功に影響するようになっています。デジタル活用の高度化というより、意思決定をクイックにするということですね。

例えば、各事業会社の決算に従来は1ヶ月かかっていたのが、いまでは1週間程度に短縮され、概要レベルではリアルタイムに見られる環境も整っています。

――システム構築やツール導入の前に、あらためて現場の業務分析を行う必要があると思いますが、そのあたりの業務は誰が推進していくのでしょうか。

皆巳 DX戦略推進室のメンバークラスが、現場の担当者とともに行っています。メンバーは年齢や社歴関係なく、入社1年目、2年目であっても能力があって、もちろん組織としてフォローはするけれども、ある程度自分で推進する気持ちがある社員であれば、担当としてやってもらっています。

――キリングループでは「DX道場」というユニークな名称で、デジタル人材の育成やデジタルリテラシーの醸成を図っています。

皆巳 「DX道場」のねらいはネーミングも含めて、社内のデジタルアレルギーをなくすとか、デジタルに対する抵抗感を減らすといった啓蒙の部分に重きを置いていたところがあります。まずはデジタルに一度触ってみましょうと。エクセルだけでなく、いまはこんなBIツールがあって、実はこういうことが簡単にできますよ、といった紹介などですね。

ただ、それを本当に業務に活かしていくためには、どのツールが使えるのか、どういう選び方をしていくのか。3年目となる講習の内容はどこを変えていく必要があるのかを含めて、さらに実効性を高めるカリキュラムに進化させる必要があると考えています。

人材育成については「2024年にデジタルICT人材1750人」という定量目標を掲げ、これを1年前倒しで達成できそうという見込みを立てています。ただし、人数が増えれば終わりというわけではなく、受講者が現場に戻っていかに活用していくかというところは、案件数なども含めて追っていかなければなりません。

最終的にはDX推進の組織がなくても、各事業部門でどんどんデジタルを使いながら、有機的にビジネスが生まれてくる状態を目指しています。ただ、事業部門をほったらかしにするということではなく、DX推進の部門や情報部門も進化していき、次の役割を開拓する必要があるだろうと考えています。

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