自分が「おばさん」になったと感じる内面の変化 「クレームを言えるようになった」「いい男は観賞用と割りきれる」
先日のガールズちゃんねるに、「自分がおばさんになってきたなと思うこと」というトピックが立った。今回はシミ・シワが増えた、痩せなくなったなどという容姿の老化ではなく、内面的な変化のハナシだ。トピ主の女性は自分の”内面おばさん化”についてこう書き込む。(文:みゆくらけん)
「電車で足を踏まれたとき、昔は小さな声で『イタッ』て言っていたのを、わざと聞こえるように『イタッ!』と言うようになった。謝ってほしいアピールです」
「人見知りだったはずなのに、知らない人でも話しかけられるようになった!」
そう、なぜだかわからないが、おばさんは思ったことをすぐ口に出してしまう傾向がある。いつからそうなったのかは定かでない。しかもトピ主の場合は「謝ってほしいから」という要求が入っているあたり、その先をいっているではないか。
トピ主のように、昔より強くなり、「自分を主張できるようになった」と自己分析するコメントは多い。基本スタンスは「人の目を気にするより自分の言いたいことを伝えたい」というもので、
「人見知りだったはずなのに、知らない人でも話しかけられるようになった!」
「昔は言えなかったのに、クレームを言えるようになった」
「我慢ばかりしてたけど、少しずつ意見できるようになってきた」
などの声が集まった。35歳筆者もこれらに共感。今となっては昔の自分や今の若い世代の人たちに「なんでそんなに気を使ったり人目を気にしてばかりいるのか?」とすら思う。ちょっと自意識過剰過ぎやしませんか、と。
「女子トイレが混んでると『今だけおっさーん』と言って男子トイレに入る」
他にも、「他人の事より自分を大事にするようになった。ママ友ランチとか、どーでもいい話をするくらいなら家にいる方が良くなってきた」という声も。「オシャレより楽チン快適な格好を好むようになる」という意見もあるが、おばさんとは肉体的にも精神的にも”心地よさ”を求めるものなのかもしれない。
ただ一部、「性別超えておじさんになっている」という声もある。ある女性は「他の女性の体型が気になる」としながらも、その理由はマウンティングや嫉妬ではなく「男目線」で気になるのだという。確かに、「抱き心地良さそう」などと考えてしまうおばさんは、むしろおっさんである。そして、さらに上をいくのがこの人だ。
「女子トイレが混んでるときに『今だけおっさーん』と言って男子トイレの個室に入る」
ある。実際に見ます。たまに男子トイレから出てくるおばさん。さすがおばさん!と感じるが、自分があぁなりたいとは思わない。
羞恥心は薄れてくるのがおばさんなのだろか。コメントの中にも、「電車の中で普通に点鼻薬」「バレなければノーブラでも平気」「裸で洗濯物を干すようになった」という声があったが、最後の「裸で洗濯物」はヤバいおばさんとしてご近所で有名になっているに違いない。おばさんでもある程度の羞恥心は持つべきである。
他におばさん化していると感じる意見として挙がったのは、「若い子を見ると男も女もかわいいな?と微笑ましく思う」「小さい子が頑張ってるのを見たらすぐ泣ける」「色気より食い気」「いい男は観賞用と割りきれる」など。どれもわかりすぎて切ない。また少数意見としては、
「他人の幸せを妬むようになった」
「自分より若い20代の娘を見てイラっとするようになる」
「悪口を言ったらスッキリしてしまう」
というややダーク臭がするものも。どうせなるなら正義感溢れる優しいおばさんになりたいものである。
ちなみに筆者の住む大阪はおばさんの聖地で、「大阪のオバちゃん」はもはやブランドだと思っている。大阪のオバちゃんは自分が大阪のオバちゃんであることに誇りを持ち、使命感を持って日々活動している。「大阪のオバちゃんに任しとき!」「大阪のオバちゃんなめたらあかんで!」と街を闊歩するエネルギッシュなオバちゃんたちはとても優しく情に厚い。全人類の母的なその偉大な母性に、すっかり憧れてしまうぐらいだ。