制度を始めたきっかけの一つは、新聞奨学生などで働きながら夜間の日本大学法学部を1993年に卒業したという、竹洞氏の原体験だった。
「毎日新聞の新聞奨学生は1年間だけで、残りの3年間は他のバイトをしていたんですが、大学時代に遊んだり、旅行したりした思い出もないです。夜間学部は一番早い授業が16時くらいから始まって22時とかに終わるんですけど、だいたい午前3時から2時間かけて配達し、14時から今度は夕刊を配達した後、授業に行くという感じでした」
司法書士事務所などで働いた後、1998年にIT業界へ転身した竹洞氏は、2002年に起業、しかし事業の行き詰まりがありビジネスモデルを学ぶため2004年から米IT系外資企業を渡り歩き、その後休眠状態だった有限会社の商号変更。2014年から現在の事業サービスの提供を本格的に開始した。
「私の家庭は3歳のときに両親が離婚し、私を引き取った父が再婚した継母とも私が高校卒業する頃に離婚したりしていて。奨学金を借りるための保証人がいなくて、新聞奨学生として大学に進学しました。法学部に進んだのも、文系で潰しが効くというのが理由です。高校生の時は友達のマイコンでゲームしたり、プログラミングに挑戦したりしていましたが、IT業界に進む気はなかったですね。当時からSE35年定年説という言葉があって、お金がなくて高校もバイトしながら通ったので、安定した仕事に就きたかったです」
そんな経験があったので、かねてより奨学金やアルバイトで学費と生活費を賄ってきた若者たちの支援を考えてきたという。
IT企業ならではの背景も
導入の背景には、同社の業務に「高レベルのスキル」が要求されることも深く関わっている。Spelldata社の主要業務は、顧客のWebサイトがデバイスや場所を問わず、24時間365日、国内外で快適に表示されるようWebパフォーマンスを計測・分析すること。特にWebサイトの表示速度の改善や品質管理などを行っている。
「パフォーマンスチューニングと呼ばれるWebサイトの高速化は、他社さんがつくったシステムを改善するという業務の性質上、一般のエンジニアより高いレベルが求められます。『画像圧縮などでファイルの容量を減らせば速くなる』という単純なものではなく、複合的な原因に対処する場合が多く、コーディングやネットワーク、ハードウェア、データベースなど広範な要素を見ないといけない。もともとIT業界は転職する割合が高く、1~3年くらいでどんどん転職する人も多いんですが、我々の業務は一人前になるのに10年かかる世界なんです」
時間の流れが激しいIT業界。新人が10年もの間、スキルの向上と業務に集中するためには、安定が不可欠だ。奨学金の返済という「重荷」がなくなれば、より落ち着いて、仕事に取り組む環境が整う。
Spelldata社の奨学金返還支援(代理返還)制度は、新卒や第二新卒が対象で、入社試験で実施する学力検査や適性検査などで合格することと、日本学生支援機構の貸与型奨学金を返済していることが条件だ。金額に上限はないという。
会社から、日本学生支援機構に直接送金する仕組みで、そこには税金面でのメリットもあるそうだ。
「これまでも従業員の奨学金の返済を支援する会社はありましたが、勤続年数などの縛りが強く、企業が本人の給料にプラスして支給する必要があり、従業員に所得税がその分かかっていました。でも、日本学生支援機構の制度改正で企業から直接送金が可能になり、企業は税制上の損金処理を受けられる。他の法定外福利厚生などと同じく、利益が出ている会社なら法人税でのメリットもあるんです」
「新卒や第二新卒の割合を増やしたい 」
「経済産業研究所の研究では新卒採用は離職率が低く、オンサイトでOJTを行う会社は多いのですが、就業時間内にオフサイトのトレーニングや研修を積極的に行う企業ほど定着率が高くなるとされています。ただ、新卒や第二新卒採用に挑戦しても、我々のような中小企業はなかなか難しいのが現実で。新卒や第二新卒の割合を増やしたいところですが、現状は中途採用がメインになっています」
業界未経験者も積極的に採用し、午前中3時間の勤務時間を学習・研究に当てている同社は、家事や育児で忙しい女性が平日に休めるように週休3日制や1時間単位の有給取得など、従業員の勤務環境を整備。女性社員の採用にも注力しているという。
「生涯年収を上げるには科学や工学などのSTEM教育が大事だと言われています。妊娠・出産といったライフイベントのある女性が活躍できる会社が国内に少ないこともあり、特に女性の場合はSTEM教育で生活の安定性は大きく変わるんです。また、女性は男性よりも居心地の良さなど、安定的な働ける環境を重視する傾向もあり、女性主体でキャリアを維持・発展させていけるような会社運営を大切にしていますね」
IT人材不足で採用競争が激化する中、同社ではITの専門家を育成し、定着してもらえる体制を推進していくという。
竹洞社長は、次のようにビジョンを語っていた。
「産業を発展させるには土台となる教育が必要ですが、産業や社会が高度化しているなかで、教育コストが上がるのは明らか。欧米などに比べ、日本の教育コスト対策は遅れをとっていますが、将来的には貧困家庭などのお子さんの学費や生活費を支援する形でのリクルートも構想として考えてはいます」