筆者がその男性に出会ったのは、福岡県某所にあるゲストハウス。大都市圏からの移住希望者に人気の、メディアで取り上げられることも多いエリアにある宿だ。
筆者はなんとなく泊まったのだが、このゲストハウスは経営者が東京からの移住者で、「移住した人・したい人たち」が集まるスポット。そのときも「交流」と称して、ささやかな宴会が開かれていた。初めて会った人たちですら旧友であるかのように語らう空気感の中で、それでもポツンとしていたのがその男性であった。
筆者が話しかけると男性は、こんな風に自己紹介を始めた。
「一年ほど前に移住して、アパートに住んでいるんです。ここに来る前は半引きこもり……ニートだったんですが、ここでもニートをしています」
なんだって? 聞けば男性は関西の地方都市の出身。20代後半で職場の人間関係に疲れて退職し、それ以来アルバイトもせずに実家暮らしだったという。
「完全な引きこもりになってはいけないと思って、近所を散歩するとか、家事を手伝うとかはしていたんですけど、それ以上は前に進むことができなくて……。それで、まったく知らない土地にいけばゼロからやり直すことができると思ったんですが、やっぱり難しいですね……」
別の土地でやり直すことを話したところ、両親は大賛成で送りだしてくれたという。しかし、勇気を振り絞って移住してみたものの、なかなか社会復帰ができないのだと、男性は語った。
「今は親の仕送りで、なんとか暮らしています」
朝は早くに起きて、海岸を散歩。日中は部屋で過ごして、夕方になるとまた海岸を散歩。そうしているうちに一日が終わるという。なかなか優雅な生活ではある。
問題は、本人も幸せそうではないことだ。何とか社会復帰の糸口を探るため、他人と交流できる機会がある時には、積極的に顔を出すようにしているのだという。
「移住者が店を始めたり、イベントを企画したり頑張ってるのを見ていると、自分も頑張らないといけないとは思うんですけどね……」
この後も会話は続いたのだが、どんな話題になっても男性は「頑張らないといけないとは思っている」と繰り返すばかり。話は延々、ループし続けた。
そんな男性に話しかけてくるのが、キラキラした雰囲気の移住者たち。彼らは「○○くんも、やればできるよ」などと、何の根拠もない励ましの言葉を送っていた。
筆者はそれを聞いていて、ちょっと気持ちが悪くなってしまった。というのも、本当に男性のことを励ましたいというより、その場で自分が気持ちよくなりたいだけの、軽薄な言葉に思えたからだ。まあ、「できない」と断言したり、説教したりするよりはマシなのだが。
実際問題として、人脈も土地勘もない移住先で何か新しいことを始めるのはハードモードだ。だから不安を解消するために集まってきているのは「ニート」の男性だけでなく、「キラキラ移住者」たちも同じなのかもしれない……。そんな雰囲気に全く馴染めなかった筆者は、早朝の汽車で逃げるように街を出た。
その後、コロナ禍を挟んで数年が経ったが、あの男性は何をしているだろうか。