この投稿に対し、トピック内ではトピ主の甘い考えを指摘する声が殺到した。最も多かったのは、学校の勉強と社会で求められる能力の違いを説く意見だ。
「勉強する才能と、個々の仕事の才能が一致するとは限らないんだけど」
「勉強と仕事は全く別だよ」
「いくら勉強(インプット)だけできても、それを発揮(アウトプット)できなければ、社会では認められないのよ」
学生時代はテストの点数という明確な基準があるが、ビジネスの世界ではコミュニケーション能力や問題解決能力、状況に応じた臨機応変な対応など、総合的な人間力が求められる。トピ主自身も投稿の中で述べているように、学歴という装備だけでは太刀打ちできないのが現実の社会だ。
「早慶卒」を活かせないのはつらいが……
さらに、現状を社会のせいにし、ポジションを与えられることを待っているかのような姿勢にもツッコミが多く寄せられた。
「頭が良いなら自分で上手く使いこなせば良いんだよ」
「学歴が高くても仕事ができないやつはいらない」
「他責極まってるな」
能力があるのなら、起業するなり、正社員を目指すなり、自ら道を切り拓く方法はあるはずだ。また、資格取得や塾の講師など、勉強ができる高学歴というアドバンテージを直接活かせる職種を提案する建設的なコメントも見受けられた。
努力をして「早慶卒」というプラチナチケットを手に入れながら、それを活かす術を見つけられずに苦悩するトピ主の状況は、学歴至上主義の呪縛に囚われた現代の悲劇とも言える。
今回のやり取りが示しているのは、学歴がそのままキャリアや待遇に直結する時代ではなくなっているという現実だ。トピ主の辛さは理解できるが、まずは自分の能力や特性を受け入れ、その強みを活かせる場所を泥臭く自力で探すしかないのではないだろうか。
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