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「賃上げ」は好景気の結果であって原因ではない 政府は「政策」で後押しして欲しい

法人税増税も賃上げにはマイナス

法人税増税も賃上げにはマイナス

岸田首相は2023年1月4日の記者会見で、今年の春闘(春季労使交渉)において「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」「企業収益が伸びても賃金が上がらなかった問題に終止符を打ち、賃金が毎年伸びる構造をつくる」と述べました。

家計はGDPの50%以上を占めており、賃上げが実現されれば経済に好影響があることでしょう。しかし、私は企業人事の視点でしか考察できませんが、首相のこの発言には違和感を覚えたので筆を執らせていただきました。簡単に申し上げると、賃上げは好景気の結果であって、原因にはなりにくいのではないかということです。(人材研究所代表・曽和利光)

賃金水準を決めるのは「労働市場の相場」

そもそも世の中の多くの会社の平均的な賃金水準は、どのようにして決まるのでしょうか。当然ながら、最低賃金法は影響を与えることでしょう。ただし、これはあくまで「最低賃金」の底上げにだけ影響を与えるのであり、賃金の平均的な水準に直接影響を与えるわけではありません。

また、首相がおっしゃるように春闘などの労使交渉のような活動は、経済論理とは独立して賃金水準に影響を与えることでしょう。しかし、厚生労働省の令和4年労働組合基礎調査によれば、労働組合員の推定組織率(労働者がどれくらい労働組合に入っているか)は16.5%と長年にわたり漸減傾向にあり、大手企業ならともかく労使交渉もまた世の中全体の賃金水準を決めるメジャーな原因とは最早言えないのではないかと思います。

一方、私が人事コンサルティングを通じて様々な会社の評価報酬制度を作る際に、多くの会社が自社の賃金水準を決めるのは「市場価値」によってです。「このくらいの仕事してもらう/このくらいの能力を持っている人を採用するなら、労働市場における報酬の相場はいくらくらいか」を考え、自社の報酬テーブルの金額を決めていきます。

「この給料だと採用できない」なら「ではもう少し報酬を上げようか」となりますし、「この給料でも採用できる」なら「報酬はこのままでいいか/なんならもう少し下げても採用できるのでは」となるのです。もちろん、経営者も社員の生活のことなどを考えることはありますが、「社員がどれくらいの生活費を必要としているか」で給料を考えることはあまりありません。

人が採用しにくくなれば結果として賃金は上がる

つまり、失業率が低下し求人倍率が高くなって採用がしにくくなれば、そのことが賃上げの直接的な動機になるのです。正規雇用より短期間で賃金変動のある非正規雇用の賃金について、ジョブズリサーチセンターによるアルバイト・パート募集時平均時給調査【三大都市圏(首都圏・東海・関西)】を見てみましょう。

この調査によると、コロナ禍の影響が始まった第一回目の緊急事態宣言後の2020年5月には、アルバイト・パートの時給は前月より30円下がり1,074円となりました。一方、コロナ禍の影響が薄まり景気の回復が見えてきた2022年11月には1,149円と、前月比で約7%増の「賃上げ」となっています。

これは実感にも合う、極めて自然な現象ではないでしょうか。首相は経済合理性と関係ない賃上げを唐突にお願いしなくとも、失業率を下げる政策を打ってくれればよいのではないかと思うのです。そうすれば、企業は賃上げをせざるをえなくなります。

失業率を下げるにはどうすればよいか。ここからは私は門外漢なので専門家に任せたいところですが、基本的なところだけ述べますと、物価上昇と失業の関係を示した「フィリップス曲線」によれば、縦軸にインフレ率(物価上昇率)、横軸に失業率を取った際、両者の関係は右肩下がりの曲線となるとされています。つまり、失業率を下げたければ、インフレ率が上がるような政策を打てばよいということです。

政府は企業が安心して賃上げできる経済環境を

ところが、現在の政府が行なっていることは、逆のように見えます。緊縮財政や利上げによってインフレを止めようとしていますし(確かに、現在のエネルギーや食品などの輸入原価上昇による「コストプッシュ型」インフレ自体は問題ですが)、さらにここに増税の可能性すらちらつかせているという状況です(しかも法人税増税を言っていたりするので、これも賃上げにはマイナスでしょう)。

この状態で、企業に対してだけ「賃上げ」をお願いするというのは無理筋ではないでしょうか。本来は、積極財政、利下げ、減税などの政策によって、デマンドプル型(消費ニーズ先行型)の良いインフレ≒好景気を作り出すことによって、失業率を下げ、その結果、賃上げが実現する良循環を作り出すべきではないかと思います。

私も一経営者として、経済合理性がなくとも、物価高の影響を受けている社員の皆さんにインフレ率を超える賃上げをしてあげたいとは思います。努力はしたいと思います。ただ、それができるかどうか、するかどうかは企業業績によりますし、マクロな経済環境の期待値によります。

厚生労働省が2023年1月6日に発表した2022年11月の毎月勤労統計調査によると、物価変動の影響を考慮した実質賃金は前年同月比3.8%減となっています。確かにこのままで行けば、家計の購買力は低下して、景気悪化につながることでしょう。

しかし、だからと言って、他のコストも上がる中で「最初に賃上げ」は、多くの企業では厳しいと思われます。できないことを無理にお願いするのではなく、まず政府は企業が安心して賃上げできる経済環境を作って欲しいものです。

sowa_book【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。近著に『定着と離職のマネジメント』(ソシム)、『採用面接100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『会社を成長させる新卒採用 戦略編』(クロスメディア・パブリッシング)など。

■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/

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