HR Techで間違った方向に全速力で走り出してしまわないために
最近、様々な領域に対してAIやデータサイエンスなどのテクノロジーが導入されています。その中でも人事は、これまでは「人の感覚が重要だ」とされ、テクノロジーの対象として最後まで残された領域でした。
そのためか、まるで溜めていたものが吐き出されるように一気にこれらのテクノロジーを使ったHR Tech系のサービスが出てきています。まさにHR Techバブルとでも言えそうな「百花繚乱」状態です。(人材研究所代表・曽和利光)
「目利き」に頼ったこれまでの人事は適当すぎた
これまで担当者の勘と経験で対応してきたような、採用面接や入社後の評価、抜擢人事や適正な配置なども、過去のデータから統計やAIで導き出した法則によって決めようとする会社も増えてきました。
その背景には、IT技術が進み、複雑なデータが絡み合う人事領域でも簡単に分析ができてしまうことによって、今まで神格化されていた「人の判断」「目利き」というものが、実は想像以上に適当であったという事実が分かってしまったことがあります。
例えば、採用においては、筆記試験やケーススタディ、ワークサンプル(実際にやる仕事のサンプルをやってもらう試験)など、様々な選考手法があります。
しかし、妥当性(入社後のパフォーマンスをどれだけ予測できるか)の観点から検証すると、構造化されていないフリートークによる面接は、なんと最下位という研究もあります。これまでの面接至上主義ともいえる我が国の人事において、これはショッキングなことではないでしょうか。
もし、これらの研究結果が事実であるなら、これまでの「人」に頼った人事は、不正確という意味で「適当」であり、データ分析の力、Techの力でそれが改善されるなら、どんどん取り入れるべきでしょう。HR Tech系のサービスが花盛りなのも頷けます。
反動でTech「盲信」が生じている
ただ、今の人事のHR Techに対する姿勢は、一部に盲信とも言えるようなところもあり、私は危うさを感じています。HR Techは、膨大なデータをTechの力で分析することで「人間では分からなかった」結論が出るところに新しい価値があるわけです。
ところが、「人間では分からなかった」ものであるがゆえに、結果が本当に正しいのか、人間には検証できない。すると、できることは「信じること」だけになってしまいます。
データ分析で出された人事に関する結果や法則が正しいかどうかは、分析の対象としたデータの質次第です。もしも、偏ったデータやあまりに少ないデータから法則を導き出した場合、それは真実でない可能性が高くなります。
例えば、自社の人材に対して、その人がハイパフォーマーになるか、それとも早期退職をしてしまうのかという予測を行おうとすれば、実際のハイパフォーマーや退職者についての様々なデータが必要になります。
しかし、実際には短い期間でどれだけのサンプル数を得ることができるでしょうか。特に退職者のデータは、社員からデータを取ってからその人が辞めるまで取得することはできません。毎年ガンガン人が辞めるような企業でなければ、確からしいデータを収集するだけで何年もかかるでしょう。
当分は人とTechのハイブリッドで
このように、万人単位の巨大大企業ならともかく、数十名、数百名の中小企業であれば、データ分析的に望ましいサンプル数はなかなか簡単には得られないわけです。強力なHR Techを自社にも導入しようと少しでも思うなら、一刻も早く導入してデータ取得をし始めるべきでしょう。
おそらく、多くの会社はHR Techをうまく使いこなして真実に到達するだけの十分なデータが揃ってはいないでしょうから、当分の間は、HR Techとこれまでの人力のハイブリッドでやっていくのがベストかもしれません。これだけ人間の適当さがわかり、データによる予測の威力がわかってきた今、明らかな新しい価値であるHR Techを拒否してはいけないと思います。
一方で、盲信することもなく、バランスある態度で向き合い、用いる姿勢も重要です。
データが揃わないうちに、いきなり「人力」を放棄してはいけません。Techが出したデータを参考情報として見つつも、最終判断はまだまだ人が行わなければなりません。データ分析が示唆する主張は数字で示されるので明確で強力です。ふらふらしていては、つい従ってしまいそうになります。
それに対して、「それはおかしい」「もしかすると偶然の結果かもしれない」と自信を持って対抗できるためには、今より一層、現場や個々人を観察しなければなりません。そうでなければ人事担当者の介在価値はなくなってしまいます。
勇気を持ってストップをかけることも必要
統計分析とかデータとかAIとか、明確な事実から論理的に人事の方向性を指し示してくれるHR Techは、極めて強力なツールではあるのですが、本稿で述べてきましたように、現時点では、主にデータの不備ゆえに、まだまだ完璧には程遠いと言えます。
HR Techを用いても、結論を間違う可能性は十二分にあるのです。それなのに、HR Techの分析を盲信してしまっては、会社は間違った方向に全速力で走り出してしまうかもしれません。HR Techの出す真実じみた結論に、勇気を持ってストップをかけることも、これからしばらく経営者や人事の役割になることでしょう。
どんな便利なツールでもそうですが、HR Techサービスもまた、使われてしまうのではなく、こちら側がきちんと使いこなさなくてはいけないということではないでしょうか。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。著書に『人材の適切な見極めと獲得を成功させる採用面接100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/