塩野義製薬のDX:創薬型企業から「ヘルスケアサービス(HaaS)」としての価値提供へ 国内外のデジタル異業種と協創進める
SHIONOGIグループ 企業CM「いつも前を向く。」篇(60秒) より塩野義製薬は1878年、和漢薬を販売する薬種問屋として大阪に創業しました。1910年に製薬工場を建設し、1943年に現在の社名に。1980年代には抗生物質で業績を伸ばしますが、薬剤耐性菌問題などで市場が縮小し、2000年代前半には売上高が半減しました。
しかし2010年代以降は、抗HIV薬「テビケイ」や抗インフルエンザウイルス薬「ゾフルーザ」などを発売し、利益を生み出す経営体質へと進化。一般的な製薬会社が2~3割といわれる自社創薬比率は、約7割の高水準を誇っています。(調査・文責:NEXT DX LEADER編集部)
HIV薬特許切れによる落ち込みを乗り越える
塩野義製薬の2023年3月期決算(IFRS)は、自社開発による国産初の新型コロナ飲み薬「ゾコーバ」などの貢献により、売上収益4,266億円、当期純利益1,849億円など、創業来の過去最高を更新しました。
事業別売上収益の構成比は、HIVフランチャイズを中心とする「ロイヤリティー収入」が41.0%と最も大きく、次いで国内緊急承認を取得したCOVID-19治療薬エンシトレルビルなどの「COVID-19関連製品」が24.5%。「国内医療用医薬品」が17.6%、「海外子会社/輸出」が10.0%、「製造受託」が3.6%、「一般用医薬品」が3.1%、「その他」が0.3%です。
塩野義製薬は2020年6月、「2030年Vision」を発表しました。2030年に成し遂げたいこととして「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」を掲げ、これを達成する戦略として「STS2030(ビジネス変革による新たな成長戦略~SGS(Growth)からSTS(Transformation)への進化~)」を策定しています。
新中計の「成り行きシナリオ」によると、2028年ころにはHIV感染症治療薬ドルテグラビルの特許が切れてHIVフランチャイズ収益が消失し、業績が大きく落ち込むことが予想されています。これを乗り越え持続的成長を続けるために、「STS2030」では革新的なパイプラインと国内外でビジネスを成長させる新しいモデルの確立が必要としています。
そして「新たなシオノギの方向性」として、医療用医薬品を提供する創薬型製薬企業から「ヘルスケアサービスとしての価値提供(HaaS=Healthcare as a Service)」への変革を図り、ヘルスケア領域の新たなプラットフォームを構築するとしています。
なお、塩野義製薬は2023年6月1日に「STS2030」のRevision(改訂版)を出しており、2030年までの中計をPhase1(’20-’22)/Phase2(’23-’25)/Phase3(’26-’30)に分け直し、財務目標を引き上げています。
この背景には、エンシトレルビルによる業績向上や、HIVフランチャイズの成長などがあります。また、HIVビジネスについても「治療のパラダイムシフトを生み出すことで、今後も継続した成長を実現」と方針転換しています。
治療薬をコアに「多様なアプローチ」で疾患全体をケア
新中期経営計画は、「トータルヘルスケア企業として持続的な成長へのTransformationを具現化する」を基本方針に、「R&D戦略」「トップライン戦略」「経営基盤戦略」の3つの戦略を掲げています。
R&D戦略に関連し、塩野義製薬ではコロナ治療薬の開発プロジェクトにおいて、統計解析や機械学習などの手法により薬物の体内での挙動を予測する「In-silico ADME」の手法などを駆使した化合物創製を行いました。
In-silico ADMEとは、コンピューターモデルを使用して(In-silico=シリコン内で)、薬のADME〔吸収(Absorption)、分布(Distribution)、代謝(Metabolism)、排泄(Excretion)〕を予測することを指し、創薬研究において欠かせない基盤技術となっています。
また、AI等を用いて高いデータ品質を維持しつつ、デジタル技術を活用した効率的な臨床試験を実施。この結果、治療薬の緊急承認・一般流通に至った国内唯一の企業となっており、新薬開発にDXを含めたアプローチが行われたといっていいでしょう。
トップライン戦略では、「感染症、精神・神経・疼痛」を重点疾患としつつ、治療薬をコアに「多様なアプローチ」で疾患全体をケアするとし、「診断」「予防」「未病・ケア」の各プロセスで治療薬以外のソリューション提供を目指すとしています。
2020年4月には、ヘルスケア戦略本部を新設。データ解析やモデリング、シミュレーションを行う「データサイエンス室」を設け、必要な製品および情報を多くの人に届ける仕組みづくりを進めています。
これに先立ち、2019年10月に、国内事業のプラットフォームビジネスの強化策として、医薬品に閉じない疾患課題解決を目的にエムスリーと合弁会社「ストリーム・アイ」を設立。医薬品の適正使用情報だけではなく、予防から診断、治療、服薬、予後までの全体を捉えた課題解決に取り組むとしています。
中国最大のユーザー層を有する平安集団と合弁会社設立
また、中国事業のプラットフォーム強化策として、2020年8月に中国平安集団との合弁会社「平安塩野義有限公司」を設立し、以下の3つの事業を進めています。
(1) データドリブンの「創薬・開発のプラットフォーム」の構築、及びそれによる医薬品(新薬・後発薬・一般用医薬品)の創薬・開発
(2) AIテクノロジーによる「製造・品質管理体制」の構築、及びそれによる医薬品(新薬・後発薬・一般用医薬品)の品質保証
(3) O2O(Online to Offline)を活用した「販売・流通プラットフォーム」の構築、及びそれによる医薬品(新薬・後発薬・一般用医薬品)の販売・流通
特に(3)については、平安集団の関連事業である「Ping An Good Doctor」が、中国で最大ユーザー層を有するモバイル医療アプリケーションとなっており、社内に常勤する医療チームや独自のAIをベースとした医療システムを活用し、24時間体制でオンライン診療、処方、医療機関の紹介・予約、セカンドオピニオン、医薬品配送等のサービスを提供しています。
新中期経営計画の「経営基盤戦略」では、基本方針に “「構造」を変え、構造を動かす「プロセス」を変え、プロセスを運営する「人材」を育てることで、価値を創造する” を掲げ、「経営戦略」「変革の仕組み」「人材の成長」を3つの課題としています。
変革の仕組みづくりとしては、「意思決定の高度化」に向けて、「Transparency (透明性)& Traceability(追跡可能性)を担保した意思決定システムの確立」と「生データを容易に取り出しながら意思決定できる環境整備」を行うとしており、デジタル技術の活用が求められる取り組みとなっています。
また、「業務プロセス改善」に向けて、「社内外の多様な連携を可能とする新たな業務プロセスの構築」と「新しい業務プロセスを反映したITシステムの構築→生産性向上へ」に取り組むとしており、こちらのDXに関連が強いものとなっています。
IT/デジタル人材への転換と新規採用を推進
このような取り組みに向けて、塩野義製薬は2021年7月に「DX推進本部」を新設。デジタル技術を用いたヘルスケアソリューションの創出と、その実現を支えるデータ活用およびIT/セキュリティ基盤の構築を担うとのこと。あわせて、人材の育成・確保について、社員のリトレーニングによるIT/デジタル人材への転換と、外部からのIT/デジタル人材の採用を推進しています。
また、国内の全マネジャーを対象に、マネジャー自身の成長、高度な意思決定、従業員と組織の成長へのコミットメントに重点を置いた、新たなマネジャー像を具現化する育成プログラム「PJ-KANAME」を2020年度より実施。この中で、「DXのトレーニング」を行い、全社的にIT/デジタルの強化と組織風土の変革を図っているとのことです。