この動画で学べること
- 三井化学のDXは効率化だけでなく、トップラインの向上も目指している。
- 大企業でのボトルネックとなりがちな組織横断的な変革に取り組んでいる。
- 必要なDXスキルを可視化し、社員のリテラシー向上にも着手している。
- ベンダー依存体質や丸投げを反省し、内製化に方針転換をしている。
こんな人におすすめ!
- 縦割り組織に阻まれ、全体最適のDXに取り組めずに悩むリーダー。
- DX推進上の課題を網羅的に整理したいと考えているCxO。
総合化学大手の三井化学は2021年6月、2030年のありたい姿を含む「2030長期計画」を策定しました。実現に向けた戦略の中心に置いているのが「DX」で、IBM出身のCDO(最高DX責任者)の下、網羅的な取り組みを行っています。
推進の過程では、社員のスキル不足の壁にぶつかりDX教育プログラムを新たに策定するなど、明らかになった課題を一つひとつ解決しています。実証実験では、効率化にとどまらない「売上を拡大」するためのAI活用にも成功し、成果を上げつつあります。(NEXT DX LEADER編集部)
「DX」を戦略実行の基礎として位置づけ
三井化学は、源流となる会社が90年前に設立された歴史ある会社です。1997年に三井東圧化学と合併し、現在の社名となっています。2022年3月期の売上収益(IFRS)は1兆6126億円で、同当期利益は1185億円です。
4つのセグメントで事業を行っており、「基盤素材」(売上収益構成比45.2%)と「モビリティ」(同25.8%)で売上全体の7割を占めるほか、「ヘルスケア」「フード&パッケージング」の事業を展開しています。
2030長期計画では、2030年のありたい姿として「未来が変わる。化学が変える。変化をリードし、サステナブルな未来に貢献するグローバル・ソリューション・パートナー」というビジョンを掲げています。この姿を実現するための戦略として、以下の5つを挙げています。
- 事業ポートフォリオ変革の追求
- ソリューション型ビジネスモデルの構築
- サーキュラーエコノミー(循環経済)への対応強化
- 経営基盤・事業基盤の変革加速
- DXを通じた企業変革
この中で「DX」は、特に戦略実行の基礎として位置づけられており、DXを通じて「事業ポートフォリオ変革」や「ソリューション型ビジネスモデル転換」などを実行していく重要な手段という位置づけとなっています。
「事業ポートフォリオ変革」については、2023年3月期から製品・サービスの内容や市場等の類似性を総合的に勘案し、セグメントを「ライフ&ヘルスケア・ソリューション」「モビリティソリューション」「ICTソリューション」「ベーシック&グリーン・マテリアルズ」の4区分に変更して、成長限界の打破とビジネスモデルの転換を図っています。
グループ全体の目指す姿「DX Vision」を策定
三井化学がDXを重視していることは、三井化学(Mitsui Chemicals Inc.)グループとして取り組むDXのあり方をまとめた「MCI DX Vision」を設けていることからも分かります。
MCI DX Visionは目指す姿として「MCIグループ全メンバーによるデータとデジタル技術の活用を通じ、社会課題解決のため、革新的な製品やサービス、ビジネスモデルをアジャイルに創出、企業・業界・社会の変革をリードする」と説明しています。
ポイントは「データ」活用を重視していること。業務効率化だけでなく「革新的な製品やサービス、ビジネスモデル」の創出を目指していること。そしてこれらのプロセスを「アジャイル」に行っていくとしていることです。アジャイルとは「俊敏な」という意味で、試行錯誤のサイクルをすばやく効果的に回しながら目的を達成する手法です。
「VISION2030長期経営計画」(2021年6月2日)では、DXの推進ロードマップとして「Digitization(情報のデジタル化)」や「Digitalization(デジタル情報の活用)」の次のステップとして「Digital Transformation(DXによる価値創出)」が位置づけられています。
ビジョン実現のための4つの戦略としては、「デジタルリテラシーの向上」「業務変革の推進」「開発力の強化」「事業モデルの変革」を掲げ、このようなDXを通じて「CX(コーポレートトランスフォーメーション)の実現」を図るとしています。
ここでも、単なるデジタルツールの導入ではなく、「事業モデルの変革」や「CX(企業変革)」という難易度の高い目標を設定し、実現のために「リテラシー(理解能力)」といった社員スキルや組織力強化にまで着手する網羅的な取り組みとなっています。
部門横断型組織「DX推進本部」が取り組みを先導
さらに三井化学は「目指すDX」を、現場レベルでどういう変化になるか、Now(現在)とFuture(将来)の比較で分かりやすく説明した資料も作成しています。
たとえば「商材」においては「Product:モノ売り(製品)からSolution:コト売り(サービス)へ」「売り切り:単発からXaaS(サブスク):継続型へ」といった形です。同様に「営業/マーケティング」「スキル/マインド」のレベルでも、DXによって現在に未来の要素を加えて、どのような企業変革を起こすのかについて説明しています。
このようなDXを推進するために、三井化学では部門横断型DX組織である「DX推進本部」を設置して、全社を横串しで通す「Cross Functional Discipline(CFD)」を策定。各部門には、事業の業務や課題に精通しつつソリューションをデザインする役割を担う「DXチャンピオン」という代表者を通じた実行を推進しています。
なお、CFDは、「重複投資排除」「横展開促進」「ガバナンス徹底」「統合プロセス」「リソース最適化」「グローバルエンタープライズ」という6つの章で構成されており、組織横断的な取り組みや全体最適を意識した内容となっています。
日本の大企業におけるDX推進上の問題として、各部門の独立性が強すぎて部分最適が生じ、部門横断的な課題に着手しにくい点があげられます。デジタル技術による構造的な変化の動きに対し保守的な現場が抵抗している状態ですが、三井化学の取り組みはこのようなボトルネックが発生しない工夫がされているといえそうです。
DXの「スキルレベル」を可視化して社員教育を実施
とはいえ、実際の推進過程においては、壁にぶつかることもあったようです。
YouTubeの動画によると、三井化学では各部門における取り組みを支援するために、他社事例をまとめた「DX Reference Book」を作成し、これを参考に各事業部で実行する案件を挙げることになっていたようです。
この資料には、化学業界のS&OP(サプライチェーンを最適化する販売操業計画)に関する他社事例を200以上収録していましたが、実際に進めてみると思うような提案があがって来なかったとのこと。
要因を分析すると、事例の本質を捉えるスキルが不足していて、各部門で「自分ごと」にすることができないという課題が浮き彫りになりました。
そこで三井化学では、DXの教育ロードマップを作成し、社員のデジタルリテラシーを上げる取り組みを行いました。スキルレベルを4段階に定義して獲得スキル項目を可視化し、これを基に各社員のレベルに合った教育プログラムを作り、確認のテストを実施しました。
また、従来はほぼアウトソースしていたインフラの構築運用についても、内製化に向けて、企画段階から利用サービスの導入・運用を内製化しています。この点について、CDOの三瓶氏は、従来の課題と解決に向けた取り組みについて、次のように説明しています。
「(インフラ構築をアウトソースした結果)ベンダー依存体質となり、丸投げの結果、使いたい時に使えない、社内にスキル蓄積できないといった課題を抱えておりました。しかし、DXの時代が到来し、アジャイルと言われるように迅速にプロトタイプを立ち上げて評価することが必須となりました。よって、実装内製化する方針に方針を転換し、自分たちで開発導入かつメンテナンスを実施できるスキルを獲得してまいりました」
IBM出身の最高DX責任者が推進リーダーシップ発揮
このほか、三井化学では、DX推進が中心となって「ブロックチェーン技術を用いたプラスチック資源循環型プラットフォーム」「AIを用いた新規用途探索」「オンラインイベントの開催」といったプロジェクトに取り組んでいます。
特に「AIを用いた新規用途探索」では、従来多く見られる生産性向上、効率化における活用にとどまらず、
- トップラインを上げる
- 売上を拡大する
- シェアを伸ばす
ことを目的に、自社固有の人工知能の辞書を構築して新規材料テーマの探索を行っており、実証実験では成功例もでているという点が特徴的です。
日本の大企業には、前述したように「組織の壁」があり、部門の独立性が高すぎて全体最適を図る取り組みができないことが、DX推進上のボトルネックとなっています。三井化学はこのような問題を放置せず、解決するような本格的な取り組みにつなげています。
この背景には、CDO(最高DX責任者)を務める三瓶(さんべ)雅夫氏のリーダーシップによるところが大きいと見られます。三瓶氏は1989年に日本IBMに入社、専務執行役員を歴任後、2019年に日本電産の専務執行役員を経て、2021年4月から三井化学の常務執行役員CDO DX推進本部長を務めています。
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