社会人になると友達が減るのは当たり前? 大人の友達付き合いについて考える | キャリコネニュース
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社会人になると友達が減るのは当たり前? 大人の友達付き合いについて考える

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子供の頃は放課後になると大勢の友達に囲まれていたのに、社会人になって気付くと、昔一緒に遊んでいた仲間が今何をしているのかすら判然としない。そういう人って多いのではないだろうか。

大人は遊んでばかりもいられない。かつての友達が遠く離れた場所で生活していて、既に家庭を持ったりしていると、遊びにだって物理的に誘いにくくなるものだ。ただ、それでも友達関係を続けることについては、デメリットなんかまったくないように思える。(文:松本ミゾレ)

大人になるとコネ目当てに人脈作ろうとする人、いるよね

僕には友達が割と多い。元々性格も悪く、人の陰口が好きなので嫌われることも多々あるが、一方で僕自身は気に入った人をしつこく遊びに誘うみたいなところがあるので、自分からガンガン友達を作ってきた。

ただ、そうは言ってもみんな社会人なので、積極的に誘うとは言っても1人に対してせいぜい2年か3年に一度程度のもの。特に親密な連中とでも、半年に1回会うかどうかだ。それ以上の頻度になると、僕がしんどくなる。

また、小学校時代からの腐れ縁になっちゃった親友も何人かいて、毎日のようにグループLINEでは誰かしらが発言している。大半はもう妻子持ちになっちゃったが、今でもたびたびボイスチャットをしながらゲームで遊んだりもする。

なので、自分の希薄で変動の少ない人生においては、友達という存在はかなり大きい。自分が最低限の社会性をキープするための大事な要素だと感じている。

それでも、さすがに高校生ぐらいの頃と比べると、友達の総数は激減している。これは皆さんもそうなんじゃないだろうか。

社会人になっちゃうと友達の数よりも、何かと自分に利がある人間へのコネを目当てに人脈形成に走りたがる奴も出るので、相対的に純粋な友達の獲得が難しくなる。それこそ自分は単純に友達になりたいと思った相手が、実は自分のことをコネ獲得に使えそうな駒としか見ていない、なんてこともあるわけだし。

残った僅かな数の友達は、一生モノの貴重な仲間だ

先日、ガールズちゃんねるに「実際のところ友達何人いる?」というトピックが立っていた。トピ主はアラサーで、若い頃の友人と偶然会ったら「あー元気? 久しぶり!」とあいさつはするものの、改めて一緒に食事したり、連絡を取り合うのは「もういいかな」と思っているそうだ、その上で「アラサーになるとこんなもんかな」と思っている、とも。

ここまで作ってきた友達を、自分の人生の今後においてもうそこまで欲しないというのは寂しいものだけど、本人にその気力がないのであれば、まあしょうがないね。

トピックには友達付き合いについて独白する書き込みが色々とある。ちょっと引用していきたい。

「リアルにゼロ! 今年30歳」
「4人。年に何回か会うだけだけど」
「41歳でガチで0かも。最後にプライベートで友達と会ったの3年前くらい」
「アラフィフ。確実にいると答えられるのは、2人」

アラサー以降の人が多いのか、「大勢います」とする声なんてほとんど見られなかった。やっぱりある程度の年齢になると、片手で数えられる程度に交友関係も洗練されていくのだろう。

友達の数が若い頃よりも少なくなるというのは、僕は悪いことだとは思わない。だって極端な話、実質ただの知り合い程度の人を友達とカウントしてる人っているけど、傍から見てると何か哀れだもの。

それならただ1人しか友達がいなくても、そしてその友達と年に数回しか会えないとしても、お互いに「あいつは昔からの友達」と認識しあっている方がよほど重要だろう。

友達獲得に躍起になるのは誰でもできる。それこそ引きこもりの僕だってできる。でも、それより大事なのは「こいつとはずっと友達でいたいな」と思える相手を、たとえ1人か2人でも見つけることなんじゃないだろうか。

お互いに憎まれ口を言っても流し合えるような関係性って、一度構築してしまうと仮に相手が結婚して子供ができても、特に変化は生じない。僕も地元に帰省するたび、やっぱりそんな奴と会うのが楽しみなんだよね。別に顔を合わせたからってそこまで嬉しいこともないはずなんだけど。

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