子ども会で「従順で扱いやすい親」を6年演じた女性 卒業と同時に役員たちのLINEを全ブロック「もう用ないし」【後編】

画像はイメージ(AIで作成)
子育て時期には近隣どうしで助け合いたいものだが、「子ども会」の負担が重すぎるとなれば話は別だ。
子どもが小学生のとき、「子ども会」の入会が強制だったという中部地方の40代女性。入会を拒めば集団登校への参加を断られ、旗当番は多いときで月2回。夕方のパトロールについても、「雪の日でも乳飲み子を背負ってでもやってね」と求められたという。
「子ども達のため」という名目で母親の負担が広がり、高学年の親への気遣いに神経をすり減らしていた当時の状況は、前編で紹介した通りだ。
女性は子どもと自分の保身のため、反対意見を表に出さず、子ども会の中心人物たちに従う道を選んだ。その背景には、何年も先の役員を内々に決める「人事部」のような集まりの存在があったという。(文:篠原みつき)
「お局達は大抵9時3時のパート勤めで、子ども達が登校した後の井戸端会議では次の役員を誰にするかが話し合われていて、うちにはこのお局達による人事部が存在していた。〇〇子ども会人事部」
「三国志の武将のコマのようだと思った」
その集まりで役員表が作られ、さらに子どもが小学校を卒業した後の自治会役員についても、当時の加入者全員分がそこに記載されていたそうだ。
「私達母親はまるで、これから隣国を攻める三国志の武将のコマのようだと思った」
女性の目には、特にフルタイムで働く母親が標的にされているように映った。
「『仕事でできないは理由になりません。みんな仕事しているご家庭ばかりなので』という絶対譲らないスタンスで、これに印象が悪い反応をすると致命的」
実際に、仕事の合間を縫って役員を務めていた母親が、「仕事を考慮するよ」と言われながら会長職を任されることもあったそう。
女性自身は、子ども会の中心人物たちに必ず相談、報告をし、自分だけで物事を決めないよう注意していた。陰口を叩かれたり、自分や子どもに害が及んだりする事態を避けるためだった。
「私は努力してきた。目立たない母親、反対意見を言わずに迎合するイエスマン、害のない人間を演じてきた。友好関係を築こうと近づきすぎると、(向こうが)遠慮のない無理を通そうとしてくるから馴れ合わない微妙な距離感も必要だった。6年頑張った」
「私、この日のためにずっと頑張ってきたんで」
そうして6年間耐え抜いた女性は、子どもの卒業と同時に行動に出る。
「私は1か0かの人間で、子どもの卒業と同時にお局達のLINEを全てブロックした。バッサリ切った。自治会も抜けて子どもは私立に行った。お局達とは全ての縁が切れるのを確信してからやった」
それまで従順に振る舞っていたのは、相手に同調していたからではない。自分と子どもを守るためだった。
「私、この日のためにずっと頑張ってきたんで。保身のためにお局達に頭下げて、従順で扱いやすい親を6年演じてきた」
フルタイムの仕事に転職したことで、近所の人たちと顔を合わせる機会も減った。相手にどう思われるかを気にすることもやめたという。
「こんな腐った昭和な子ども会、息苦しいお局達と縁を切れてほんと清々しくて。私にブロックされたことは向こうは気づいていると思う。裏切られたとでも思っているんじゃないかなと思う。でももう全部関係ないし。もう用ないし」
敵だと思っていた母親も「怖いから一緒にいた」
卒業間近には、中心人物たちの取り巻きだと思っていた母親と本音を話す機会があり、実は彼女も保身のために「怖いから一緒にいた」と努力していたことが判明。心から笑い合ったという。
なお、フルタイムで働きながら役員を押し付けられ、卒業後も自治会で標的にされた先述の母親はついにキレて自治会を脱退したという。それに続いて何人かも抜け、現在は自治会の役員をやれる若い人が枯渇状態だという。
子育て世帯も共働きが多数を占める中、強制的に従わせることには限界がある。地域コミュニティも時代に合わせて変わっていかなければならない時期になっていたのだろう。
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【前編はこちら】子ども会への入会を拒むと「一人で登校して」、旗当番は「雪の日でも乳飲み子を背負ってでもやってね」と言われた女性の選択


