もともと関西の大都市出身の男性が移住を考えるようになったのは、大学を卒業し就職してからだという。
「ずっと都会育ちだったのですが、アウトドアが大好きで一人でキャンプや登山、それに自転車なども楽しんでいました。田舎で暮らせば、わざわざ出かけなくても趣味を満喫できるんじゃないかと思ったんです」
ここで重要なのは、男性が「一人」でアウトドアを楽しんでいたことだ。
「あまり人付き合いは得意なほうじゃなくて……。自然の中で誰とも話さずに過ごすのが好きだったんです」
こうして男性は35歳の時に初めての移住を決意する。最初に移住したのは、三重県の小都市。周囲を山々に囲まれて、自然が豊かことに加えて、自治体に移住相談をしたら早々と仕事が見つかったことが理由だった。しかし、ここで男性はさっそく現実の壁にぶつかってしまった。
「仕事は部品メーカーの工場です。もともと理系だったので仕事はすんなりと覚えたのですが、問題は勤務時間でした。週休二日で繁忙期には土曜日勤務ありとなっていたのですが、常に忙しくて週6で働いている状態でした。周囲の山々を眺めながら、クルマでアパートと会社を往復する毎日です。休日は疲れて寝ているだけで、自然を満喫する暇なんてまったくありませんでした」
都会で暮らしていた時とまったく生活は変わらないことに疲弊した男性は、再移住という形で三重県から逃げ出すことになった。
「それでも2年間は勤めたんです。でも限界を感じて転職しようとしたら、役所の人は“せっかく仕事を斡旋したのに”と小言をいうんです。それで、辞め癖のある移住者として地域で噂になるんだろうなと思って、だったら別の土地にいけばいいやと決めたんです」
男性の新たな移住先は瀬戸内海に面した香川県の小さな自治体であった。そこに決めた理由は「一度くらい海を眺めて暮らしてみようと思った」からだという。この時は、役所の移住相談などを利用せず、自力で拠点を移した。
「これは失敗でした。独身の中年男がまったく縁もゆかりもない土地に引っ越したわけでしょう。完全に、よそで何かをやらかして逃げてきたヤバい人あつかいです。そのせいか、なかなか仕事も見つからず苦労しました」
ようやく見つけた仕事は食品工場の契約社員だった。給料は安かったものの仕事は必ず定時で終わるので趣味を満喫できるかと思った。ところが、また男性は壁にぶつかった。年齢を重ねて急に孤独感が増してきたというのだ。
「ずっと一人で趣味を楽しんでいれば満足だったんですが、40歳が近づくと“これでいいのか”と考え込むようになってしまいました。かといって、都会のように趣味の集まりも、さほど数はありません。この頃はちょっと欝っぽくなっていました」
今度は他の移住者への劣等感が……
これではいけないと考えた男性は、また一念発起。今度は熱心に情報を収集して、新たな移住先を探した。そして、5年前、40歳を迎えた男性は都会からの移住者が多い長野県のある自治体に三度目の移住をした。しかし、ここでの生活も波乱は多かった。
「やっぱり求められている移住者って、若者か家族連れ、あるいは定年したシニア層でしょう。かつ、なんらかのスキルを持っていたりして地域を盛り上げてくれる人材が好まれます。自分のように、たいしてスキルもない中年独身男性には役所も冷たかったですね。住居は斡旋してくれましたけど、あとは基本的に放置です」
人付き合いの苦手な男性だが、地域の活動にもなるべく参加し溶け込むことはできた。
「また就職したのは工場です。給料は安いですが、移住者に慣れている地域なのか、よそ者扱いされないのが救いです」
それでもなお男性には悩みがあるという。
「やっぱり移住者には店を開いたり、なんらかの形で地域の魅力を情報発信をしたり精力的に活動している人が多いんです。そういう人たちにはどうしても劣等感を抱いてしまっていて……」
それでも、地域では「男手が増えた」と頼りにされていることだけが、男性の心の拠り所だという。