「職場におけるLGBTのカミングアウト」を会社がルール化する前に必要なこと
ダイバシティ(多様性)という言葉が、経営や人事で使われるようになって久しくなりました。最近ではインクルージョン(受容)とセットで、単に人としての違いを認めるだけでなく、その違いを活かして組織を構成し、強くしていくところまで目指している企業も増えています。
以前は、海外では白人、日本では男性といった同質性の高い集団が機会を独占し、それ以外の人々が疎外される問題に対処する受動的なレベルでした。それがいまでは、企業が組織内で意図的に多様性を作り出そうという、より能動的なレベルにまで上がってきているということです。(人材研究所代表・曽和利光)
ルールに魂を込める「マジョリティの本音」
ダイバシティ(多様性)が活かされる動きは、社会的には全面的に良いことだと私も思うのですが、実は手放しで喜べないこともあります。それはコミュニケーションコストの増加です。
多様であるということは、違いがあるということです。そして、自分と違う異質な人とうまくやっていくことは、誰にでもうまくできることではありません。人間には自分と似ている同質な人に対して好意を持ってしまい、異質な人には低評価を下す「類似性効果」という心理バイアスがあるからです。
したがって組織が多様化すると、お互いを理解しあうためのコミュニケーションコストは増えます。異質な人の気持ちを、容易には察することができないからです。共通の知識基盤や文化(コンテクスト)が少なくなるので、「あうんの呼吸」や「以心伝心」は通用せず、なんでもきちんと説明することが必要になります。
この「ローコンテクスト化」の動きは、マジョリティ集団についていけなかったマイノリティにとっては朗報です。ただ、そのために組織はこれまでの暗黙の了解(不文律)の明確化をしなければならなくなるのです。現在行われている《LGBTの「職場でのカミングアウト」に会社の方針は必要か?》といった議論も、その一環でしょう。
とはいえ、どれだけ表面的なルールを整備しても、マジョリティの内輪で話されている「本音」の部分に手を入れなくては、結局差別は温存され、多様化はうまくいかなくなってしまいます。むしろ表面的なルールを整備したのにダメだったとして、「結局これまで通りがいいんだよ」という誤った言い訳を与えかねません。
形式的なルールが「腫れ物に触れる対応」を招く
日本におけるダイバシティの主なテーマは、女性差別の撤廃でした。雇用機会均等法や各企業内の諸施策などが長年にわたって女性活躍を推進してきましたが、多くの企業で未だに男性中心社会が残っています。
女性問題におけるこのような状態を考えると、ダイバシティのフロンティアなテーマであるLGBTでもこのままでは同様なことが生じないか心配です。マジョリティの内輪で話されている「本音」の部分をあぶり出し、価値観の変容を起こす本質的なアクションをしないままでは、せっかくのルールや環境整備も効果が出ません。
むしろ、形式的なルールばかりができることで、表面的な違いが強調されかねません。それが「何かわからないけど近づくと問題が起こるかもしれない人」という不安を生じさせ、LGBTの人たちに腫れ物に触るような対応をする人が増えてしまうかもしれません。
このような状態はダイバシティでもインクルージョンでもなく、むしろ隔離政策のようなものにさえなる可能性があります。LGBTの人たちが働きやすい環境とは程遠いと言えましょう。
実は誰もが、何かの点でマイノリティなのです。ダイバシティを推進し、誰もが働きやすい職場を作るためには、表面的なルールを先走って作るのではなく、マジョリティとマイノリティの間の相互理解からスタートするのが、急がば回れなのではないでしょうか。
相互理解に欠かせない「自己開示」
相互理解を図るためには3つのステップが必要といわれます。最初のステップは「自己理解」。例えば男性が、性別役割分担や性自認について自分の考えを深く理解するには、女性やLGBTといった「他者」がどう感じるのかフィードバックを受けることが役立ちます。
次のステップは「自己開示」。理解した自己を、ネガティブな部分のところも含めて、オープンマインドで他者に伝えるステップです。フィードバックを踏まえても納得できない本音を飲み込まず、それを明かすことが必要だということです。
たとえば「男は外回り、女は内勤でサポート」という役割分担認識は、コロナ禍を契機に増加したオンライン営業によって変更を余儀なくされています。「LGBTの性自認を職場で明かすべきではない」という考えも、「だったら職場で”彼氏はいるの?”という質問もしないでくださいね」と反論を受けるかもしれません。
3つめは「他者理解」。自分がオープンマインドで行った自己開示に対し、相手がペーシング(同調)して自分のことを開示してくれるようになることで、相互理解が深まるというわけです。もちろん、相互にどうしても理解できない部分が残る場合もあるでしょうが、どの部分は同調でき、どの部分はどういう違いで意見の相違があるかを確認するのは相互理解にとって有益なことです。
相手がLGBTであろうと女性、障害者であろうと、マジョリティが相手のことをきちんと理解せずにマイノリティにとってうれしいことなどできません。ダイバシティ推進の肝は、ルールや環境整備の前に、コミュニケーション促進、つまり「相互理解」なのです。相手がどんな人なのかが分かれば、極端に言えばルールなど決めなくとも、どうすればよいかは自ずと分かることも増えるのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。著書に『コミュ障のための面接戦略 』 (星海社新書)、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/