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SEED至上主義者が問う!なぜ『ガンダムSEED』はガノタに軽く見られていたのか?

画像はイメージ

早いもので、『機動戦士ガンダムSEED』が放映されて、間もなく20年になる。本作は2002年10月からスタートした作品で、宇宙世紀モノではなく、別の宇宙を舞台にストーリーが展開する。遺伝子操作を施された人種と旧シリーズにおけるオールドタイプとの対立軸が割と丁寧に描かれていた。

ただ、これまでのガンダムとは少々毛色が違う部分も多かったため、オールドファンにはイマイチウケが悪かった。リアルタイムで僕も観ていたが、「1話目でこんないきなり4機のガンダムを強奪されるものかね」とか「シャアみたいな仮面のキャラっていつまで引っ張るの?」みたいなことは生意気にも思っていた。

あと、登場人物の顔がみんな似てて、髪型とか肌の色でなんとか区別がつくデザインだったのは初見から不満だったし、今もその気持ちは変わらない。ましてや続編でラクスのそっくりさん出てきたときなんて「そもそもみんな顔似てんじゃん」って思ってしまったし。

なのでオタクとしての僕のSEED評は決して良くないんだけど、さすがに20年も経つ頃合いなので、今は「まあこれのおかげでガンダム像もまた広がりを持てましたね」という心持ちではある。実際SEEDがきっかけになってガノタになった人も周りにいるし。(文:松本ミゾレ)

なぜ叩かれていた?

先日、5ちゃんねるに「なぜガノタはガンダムSEEDを馬鹿にし続けたのか」というスレッドが立っていた。これについては、僕自身は馬鹿にするほどではなかったが、冒頭で描いたように当初はあまり好きな作品とは感じなかった。

とりわけ序盤のシナリオ運びがファーストのそれをなぞっていた辺りでは、友人も「これ、同じガンダムシリーズだから問題にならないけど、別のアニメでやったら大変なことよ」と主張していた。

冗談抜きでこの当時、SEEDの話をするとき「どこまで観た?」と聞かれて「ルナツーのとこ」と答えても「ああ、あの辺ね」と会話が成立していたし。

新しいものをすんなり受け入れたい気持ちはあったけど、熱心なガノタほど気になる部分があった。フェイズシフト装甲の仕組みとかについても「何それ(笑)」って初見では感じてたし。今は慣れちゃって、色が変わろうと何とも思わないけど。

せっかくだからスレ主の熱いSEED推しのコメントなんかも読みたかったんだけども「SEEDしかかたん」とかやけに抽象的な意見しかない。さらに読み進めると「ワイはガンダムSEED以外知らん模様」とも書き込んでいたため「それじゃあ話ができないよ」と困ってしまった。

ただ、SEEDの熱烈なファンってのは実際にいる。本スレッドにもそうした人の書き込みがあるので、ちょっと紹介していきたい。

「宇宙世紀信者は大抵馬鹿しかいないから」
「ファースト老害くらいだろ叩いてるの。あいつら人気出はじめるとクッソ叩くからな」
「大勢力同士の戦争ええやん」
「SEED普通に楽しんでたのにネットでめっちゃ叩かれたよな。今でも謎やで」

と、このように擁護の声は山ほどある。そしてこれはガノタ特有の書き口なんだけど、何かを擁護したり褒めるときに、違うものをこき下ろす感じの書き込みも目立った。でもこれは習性のようなもので、もう治らないものだからほっといておこう。

SEED放映時は僕の住環境にネットはなかったので、当時ネット掲示板でどういう評価を得ていたのかは知らないんだけど、SEEDに限らず「これいいな」って思った作品がネットの評価が散々だとショックだよね。そうやってネットの意見を見て傷ついたファンも、リアルタイム放映時は多かったのかなぁ。

併せて言えば、人ってしばしばインターネットで散見される意見に無意識に影響されてしまうことがある。だからネットの評価を真に受け過ぎて「SEEDはクソ」とか思っちゃった人も、実はそこそこいたのかもしれない。

SEEDはバクゥを生み出した時点で評価に値する作品

最初に書いたように、SEEDは特にキャラの描き分けがどうしても納得ができてなかった。あと若干不快というか鼻につく性的な描写があったり、棒演技のビビアンがいたりして、「余計な要素入れないでよ」と個人的には今でも気になる部分が多い。

それと、これはアナザーガンダム系あるあるだけど、強敵がみんなガンダムに乗って、ガンダムVSガンダムになっちゃうから、どうしても天王山ではモノアイ不足に陥ってしまってバリエーションに欠けるとも感じる。

せっかくいいデザインのモノアイ機も多いのに、その活躍がろくすっぽ描かれないからものすごくもったいないという気持ちになってしまった。ジンは序盤から出ずっぱりだからかなり恵まれているけど、グーン、ディン辺りはえらくカッコイイと感じる見た目なのに、あんまり活躍しなかったのがどうにも。

バクゥなんてMSでありながら人の形をしていないってのは衝撃的だった。スタイルもいいし、劇中の活躍も猛獣然としたものがあったので、手放しに「これは新しい!」と膝を打った。これに続く系譜のMSが未だにそこまで多くないのが残念で仕方がない。

でも、SEEDが放映されてまだ四半世紀も経っていない。これだけ伸びしろというか、擦り甲斐がありそうな系譜のMSはいないだろうから、きっとこれから、別の作品でバクゥリスペクトのMSが出てくるはず。そうなったときに「ああ、SEEDって偉大だったんだなぁ」とガノタは思うはずだ。

そしてその頃には、口うるさいファースト世代のガノタも減っているだろうから、そのときこそ存分にSEEDを称賛すればいい。まあ、そうなってくると今度は「SEED至上主義ウザい」とか言われるのかもしれないけど。

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