「不労所得で遊びたい」は甘え? 「働くのが当たり前」という空気に疑問を抱く声に「勤労の義務」を突きつける人々

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多様性の時代ということで、最近は生き方も働き方も選択肢が増えているはずだが、しかし、心のどこかには依然として「ちゃんと働いて一人前」という価値観が根強く残っているようだ。
ガールズちゃんねるに4月末、「『働くのが当たり前』って考え、今でも普通ですか?」というトピックが立ち、熱い議論が巻き起こった。
トピ主は、家庭の事情や体調など人それぞれの背景がある中で、世間の「働くのが当たり前」という空気に疑問を抱いている。
「昔より働き方や生き方ってかなり多様になったと思うんですが、今でも『ちゃんと働いて一人前』みたいな価値観って強いですよね。」
「今の時代でも『働くのが当たり前』という考え方は普通だと思いますか?」
「働かないでどうやって稼ぐの?」
トピック内では即座に現実の厳しさを指摘する書き込みが相次いだ。まずはお金の問題だ。
「そりゃ当たり前でしょ 働かずにどうやって食べていくの?」
「働かないでどうやって稼ぐの?」
これは正論である。働かなければ収入が途絶えて、衣食住に困ってしまう。食べるものがないのは誰だって嫌だ。結局は働くしかない。突っ込みようがない論理だ。
さらに、憲法を持ち出す人も。
「日本人の【三大義務】」
「勤労の義務」
「日本国憲法で、教育、労働、納税は義務として定められている」
もはや国から「働け」と言われているのと同じなわけで、トピ主からしたら窮屈で仕方ないだろう。これでは逃げ場がない。
「働いてないように見られること」を気にする人も多い?
一方で、この「働くのが当たり前」という空気や同調圧力の正体を分析する書き込みもあった。
「結局、『働いてない』ことより、『働いてないように見られること』を気にしてる人も多い気がします。」
「『女性は結婚して子供を産むべき』、から『女性は働くべき』に変わったと思う 『何を選択してもいい』とはならないのかなと思った」
本音では「不労所得で遊びたい」と思っている人も多いはずなのに、いざ他人がそれを口にすると「甘い」と叩かれてしまう。このギスギスした空気感こそが、トピ主の言う「窮屈さ」の正体なのだろう。
そもそも、日本国憲法に「勤労の義務」に入っていたとしても、それをどう受け取るかはこちらの勝手だ。「働くのが当たり前」という価値観をわざわざ内在化しなくてもいいはずだ。
もちろんお金の問題はあるが、疲弊してまで働く必要はない。「働かなくても一人前」と胸を張って言えるようになる日は来るのだろうか。
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