ひとくちに「博物館好き」といっても様々だろうが、男性は資料が展示してある施設なら、一度は訪れてみたくなるタイプだという。
「大学では歴史を学んでいましたが、博物館のジャンルにはこだわりがありません。地方の郷土資料館とか、個人の記念館、美術館まで、気になったところはなんでも訪れるようにしています。特別展よりは常設展を観るほうが好きですね」
先ほども述べたが、この男性の最大の特徴は「長時間こもる」ことだ。
「一度入館したら、半日くらい過ごすこともありました。ひとつひとつの展示を解説を読んだ後に丹念に観察します。縄文土器でも民俗資料でも、じーっと観察していると様々な気づきがあると思うんです」
それほど大きくない郷土資料館であっても、気になるものがあればじっくり見て、満足するまで何時間でも過ごすのだという。
「大学の頃は調査研究でグループで博物館をめぐることもあるじゃないですか。そんな時、自分がなかなか出てこないものだから、けっこう迷惑がられていて……。“悪いヤツじゃないけど、博物館だけは一緒に行きたくない”とまで、言われていました」
就職してからも、休日にひとりで博物館をめぐる趣味は続いた。20代後半に「中世の山城に興味を持って、城めぐりをしていた」時期があったが、その時も日がな一日、城跡をうろついて楽しんでいたそうだ。
男性はいつのまにか「ずっと博物館にいる男」として、友人・知人たちに知られるようになってしまった。長らく彼女はいなかったが、もはや半ばあきらめてしまい、興味も失っていたそうだ。そんな男性に転機が訪れたのは、30歳になったころ。友人が「博物館で一日過ごしているおまえみたいな女性がいるんだけど、会ってみないか」と持ちかけてきたのだ。
聞けば、友人が自分の彼女に「博物館にこもる男性」の話をしたところ、その彼女も「博物館にこもる女性」を知っていて、2人を出会わせたらどうなるかという話題で盛り上がったのだという。
そうして友人も交えた飲み会が開催されたのだが、その場は「ほとんど会話もしなかった」レベルで盛り上がらず。それでも、いちど2人で博物館に行ってみよう、という流れになったそうだ。《飲み会なんてどうでもいい、そう、博物館さえあればね》という発想だろうか。ガチである。
そんな男性が2歳年下の女性との初デート先に選んだのは「江戸東京博物館」。両国国技館のすぐそばにあり、江戸時代の文化風土を知るためにはぴったり……なのだが、チョイスの理由は「東京国立博物館や科学博物館だとあまりに月並みすぎるので、気をつかってここにしました」とのこと。
普通は初デートのコースといえば、あっちに行って、こっちに行って……と予定を立てるもの。しかし、彼らのデートは違う。最初から「江戸東京博物館だけ」だった。ただ、男性はこの時点では「デート?概念がよくわからん?状態」だったといい、そんなので大丈夫なのかと心配になるが、結果的には、むしろそれがよかったらしい。
「江戸東京博物館はいまは改装中ですが、大型模型などで当時の文化を体感できる施設です。彼女のほうも歴史が好きだそうで、江戸時代の長屋なんかを見ながら、お互いに好き勝手に自分の知っていることをまくしたてていました」
もはや初デートとか、恋愛とか、そんな甘い雰囲気はまったくない「知識ひけらかし合戦」とも言えそうな状況。話だけ聞いていると、ギスギスしたマウンティングの取り合いになったのかとヒヤヒヤしたが、そうではなかった。むしろ「お互いに、相手の知識を“そこまでご存じとは……”と讃え合っていた」と男性は振り返る。そう、これまで互いにコツコツと蓄え続けてきた知識の深さと、そういったものを尊重するスタンスが、ここでガッチリとうまく噛み合ったのである。ついに2人は、理想の相手に巡り会ったのだった。
結局、午前中に入館したのに、出てきたのは夕方近くになったそうだ。ここまでなると、「疲れた。もうこりごり」となってもおかしくなさそうだが、2人の場合は「なぜか当たり前のように“じゃあ、来週は東博(東京国立博物館)で”と約束ができてました」という。特に恋愛のドキドキ感はなかったという2人だが、次第に「一緒に出かけるのが当たり前」という関係になり、ついには結婚に至ったという。めでたしめでたし。
男性は「博物館めぐりなんて枯れた趣味だと思ってたんですが、まさかそれがきっかけで結婚できるとは、本当に人生はどう転ぶかわかりません」と話していた。何事でも、極端に突き詰めると、思わぬ道が拓けるものなのかもしれない。
夫の不倫相手から電話「もしもし、旦那さんから何か聞いていませんか?」 勘のいい妻が発した言葉は……