「おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ」 サイゼリヤ会長のビジネス書が話題に
国内外で合わせて1469店舗(2018年8月期)を構え、安価で気軽なイタリアンを楽しめるとして親しまれるサイゼリヤ。創業者で現会長である正垣泰彦(しょうがきやすひこ)氏の著書『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』(日経ビジネス人文庫)が、ネット上で話題になっている。
2011年に単行本が出版され、2016年に文庫化された本だが、この文庫を、あるツイッターユーザーが「淡々としてるけど凄みがあって飲食業以外にも参考になる」などと絶賛すると、大きな注目を集めた。アマゾンの「外食産業」カテゴリで売れ筋ランキング1位になり、一時品切れ状態に。電子書籍化していないことを嘆く声も出ている。(文:篠原みつき)
「店長には売り上げ目標を課さない」科学的なロジカル思考に称賛
本書は、「いかにして飲食サービス業として成功し、成長を続けるか」という方法を、科学的な見地からロジカルに説いている指南書だ。学生時代に千葉で開業し、火事や悪い立地にもめげず行列のできるレストランに成長させていったエピソードは、さらりとしか書かれていない。
働く立場の人から特に称賛されているのは、「公正な評価」という部分だ。店長自ら何から何までこなす飲食サービス店が多い中、サイゼリヤの場合は、店長に売り上げ目標を課していない。店長は経費コントロールを課せられるが、売上の数値目標に責任を持つのは本社の商品開発部門だという。
正垣氏によれば、チェーンストアの店の売り上げは「商品」「立地」「店舗面積」で決まるため、「店長の努力が及ぶところではない」とのこと。売り上げは、雨や近隣の飲食店開業、工事など様々な状況によっても変わるものだとしている。自分ではどうにもできないことで責められるのは精神が病みそうだが、こうした環境を踏まえた評価をしてくれるならありがたい。
また、店長の仕事は「考えること」なので、店を任せて改善案や改革案を考えてもらうとき、
「その人の労働時間に占める肉体労働の時間を減らしてあげること。『考える』ことは、体が疲れていると十分にはできないものなのだ」
と注意点が添えられている。
当たり前のことながら、こうした理論的な考え方をはっきり言ってくれる経営者や上司には、めったにお目に掛かれないことから、注目が集まったのだろう。
「突然自社が潰れても、従業員たちが他社で今より高い給料を得られるか」
さらに印象的なのは、「経営者として会社を大きくしたいのなら、料理以上に教育への関心が持てなければならない」と書きだした社員教育に関する文章だ。
「教育に、頑張ればできるという『根性』や心を込めてやろうといった『気持ち』を持ち込むのは、あまり意味がないとも思っている」
「頑張っている人をほめてあげるのもよいが、もっと大切なのは従業員を公正に『評価』することだ。(中略)仕事が楽しいと感じるには、きちんと評価されていなければならない。人は評価されることが喜びにつながる。そして、『評価』とはイコール『報酬』である。評価が上がるなら、それに応じて報酬も増えなければならない」
具体的には、パートやアルバイトに至るまで評価方法とスキルによる時給が開示される。ほとんどの人が店長になるし、20代から50代以上までに習得する技術やスキルも明示されていた。働く人にとっては、長期的な展望がはっきりしているので安心してスキル習得の努力が出来るだろう。
驚いたのは、「自社が社員に十分な教育をしているかどうか」について、
「ある日突然、自社が潰れても、従業員たちが、他社で今より高い給料をもらって活躍できるだろうか、と想像してみることで分かる。もしも、他社で十分な給料がもらえないと感じるなら、もらえるように知識と経験を与えることだ」
としている一文だ。これも、従業員を使い潰す経営者が目立つ中、思わず尊敬してしまう。実際にはどうなのかと疑問は残るが、こうした考え方の明示は安心感につながる。
本書では、タイトルが示すように「顧客に満足してもらえる料理がおいしい料理だ」という考え方や、必ず利益を出すための人件費と粗利益の計算「人時生産性」などが紹介されていて、色々と興味深い。文庫化にあたって加筆や、親交のあるニトリホールディングスの似鳥会長のあとがきも一見の価値がある。確かに飲食サービスだけでなく、あらゆる産業、会社員にも学びの多い一冊だ。