仕事を始めた20歳の時、当時実家暮らしのぬくぬく娘だった私は、お茶だしのノウハウを全く知りませんでした。そんな私に先輩は、インスタントコーヒーはこのカップならこの分量、お茶を置く時の順番、入室方法など一から優しく教えてくださりました。
1人で作って落ち着いてお出しできるようになった頃、上司から「16時までに8人、プラス500ml作っといて」と注文が入りました。いつもは杯数だけなのに、聞き慣れない分量をお願いされ「え、プラス500ml? 今日の注文多くねえか!?」と心の中はパニック。
そんな時に限って、いつも教えてくれている先輩は会議の準備で忙しそうで声を掛けられませんでした。時計を見ると時間まで残り30分。慌てて給湯室に駆け込み、とりあえず人数分のコーヒーを作るためにお湯を沸かします。
カップやお菓子のセットをし、お手拭きも用意し、お砂糖とミルクを出して、スプーンも出さなきゃ……。 文字だけでも伝わるでしょうか、当時の私のテンパり具合。案の定、お湯で火傷はするし、コーヒーはひっくり返すし、パニックオブパニック。
なんとか人数分は出せそうです。一件落着かと思ったのですが、大敵”500mlのコーヒー”の存在を忘れていました。カップに対してのお湯の量は覚えていたけれど、正確な分量はわからないし、一から計るにしてもカップはすでにお出しちゃったし……。
時計を見ると、あと10分!? 急いでお湯を沸かし、その間に500ml入るコーヒーポットを探していろんな食器棚を開けているうちに、ガヤガヤと会議が始まる声が聞こえはじめました。トップオブパニック!
「もう大きめのティーポットと急須でいいか!」と強行突破し、不服そうなティーポットと急須に感覚を頼りに、インスタントコーヒーを入れ沸いたお湯を注ぎ込み、見た目で判断……は流石にやばいよねと思って一口試飲したのですが、猫舌なので思いっきり口の皮が捲れました。さらにバニラアイスと芋アイスを間違えるほど極度の味音痴なので、もちろん味も分からず戦意喪失。
「これからはマイナスからの信用返済生活がはじまるのか……」
「これでいっか……」とお盆に乗せて持っていくと、案の定みんなキョトン顔。説明すると寛容な方ばかりで笑ってくれましたが、幸か不幸かティーポットと急須の中にあるギャンブルコーヒーのことを言い出せずに退室。
気もそぞろでこぼしたコーヒーを片づけ、段々痛みはじめる火傷に絆創膏を貼り、デスクで仕事開始しました。そして、私が席を外した間に会議は終わっていたようでした。片付けに会議室に入ると、上司から、
「どうやってあのコーヒー作ったんだよ! 会議続けられないくらい苦いってなんだよ」
と叱られました。話を聞くと、”ちょうどいい味になるまでお湯で薄めていったら倍の量になっていた”とのことでした。
苦いコーヒーを出したことはもちろん申し訳ないです。でも、それ以上に最近は仕事を覚えて褒めてもらえるようになったのに、こんなことで信用失墜させてしまったことに落ち込みました。
「これからはマイナスからの信用返済生活がはじまるのか……」と肩を落としながらコップを洗っていると、いつも教えてくれていた先輩が。実は、別の部屋に500ml用の容器と分量を書いた紙があったことがわかりました。
先輩は「最近は使ってないから、もう要らないと思って言ってなかったの。私のせいでごめんね」と謝ってくださいました。それでも私に非がありすぎるので、お互いに反省しながら念入りにティーカップと急須を洗いました。
そして反省会が終わった後、給湯室の周りに人がいないことを確認し、美味しいコーヒーで乾杯し、お茶出し用の高級菓子をご褒美として頂きました。失敗をしても支えてくれる先輩や、厳しくも寛容的な上司のおかげで仕事ができているので感謝の気持ちでいっぱいです。
そんな私にも今では後輩がいます。でも、未だにギャンブルコーヒー事件が語り継がれていて、私の信用返済生活はまだまだ続きそうです。