渋谷の街は芋洗い状態だった。思い思いの仮装に身を包んだ若者たちで、アリのはい出る隙もないほどだ。渋谷は新宿と並んで注文の多いエリアだ。しかしハロウィンナイトの配達が、地を焼き天を焦がすほどの災厄になるであろうことは、容易に想像出来る。
当然、配達員も逃げてしまい、渋谷一帯は極端な人員不足に陥っていた。ところが僕はこの日がハロウィンだということを忘れており、現地に呼ばれてようやく状況を理解したのだった。
もう帰りたい……
渋谷ハロウィンでの配達。最悪なのは自転車で店に近づけないことだった。仕方がないので自転車を離れたところに駐輪した。あの巨大な配達バッグを背負って、ラッシュアワー並の人混みを掻き分けて進まなければならなかった。
周辺はモンスターやアニメキャラなどに扮した連中でいっぱいだ。BPM の早い楽曲を爆音でまき散らしながら車で乗り付けてくる輩もいる。周辺は即興のダンスホールと化す。その脇をすり抜けて店へ急ぐ。もう帰りたい。
人の壁、音の洪水、ほとんど戦場
ようやく商品を集荷。再び人混みを縫って自転車まで戻る。配達先は青山方面なのだが、山手線のガードをくぐらなければならない。スクランブル交差点には機動隊の車両が数台横付けされており、車両は一切通行出来ない。後で聞いたところによると、この日は1億円を投入して100人以上の警官が配備されていたそうだ。
行く手には人の波がうごめき、壁となって立ちふさがっている。DJポリスの名調子も、拡声器を通して音の洪水として降り掛かってくる。ほとんど戦場である。そんな場所を自転車を押しながらなんとか通り抜けた。
「ピロロン」は地獄からのメッセージ
配達員はみんな逃げ出していた。僕は最後に残された、ほんの一握りのうちの一人だった。渋谷で配達なんてしたくないが、配達を終えても、終えても、また渋谷に呼ばれてしまう。他に誰もいないのだから、必要とされているのなら、一区切りがつくまでは頑張ろうと僕は配達を続けた。
次の配達先が代々木八幡と初台の中間の辺りだったときには、正直ホッとした。自転車を飛ばして着いたのは、渋谷の喧騒が嘘のように静かな住宅街。配達を終えて「もう大丈夫」と一息ついたとき、
「ピロロン」
スマホの画面に目をやって絶望した。またも渋谷である。終わりなきアリ地獄に引き戻された気分だった。そのとき、もう観念した。今夜は渋谷から逃れられない。実際、長い長い夜となった。