
画像はイメージ(AIで作成)
誰しも一度は、ふとしたときに「自分もいつかはこの世から消える」という事実に直面し、漠然とした恐怖に襲われたことがあるのではないだろうか。
ガールズちゃんねるに4月下旬、「死が怖い人」というトピックが立ち、反響を呼んだ。トピ主は、夜寝る前になると死への不安で涙が止まらなくなるといい、「自分がいなくなっても世界は何も変わらず続いていくんだと思うと自分の存在って何なんだろうって考えてしまいます」と思いを書き込んでいる。
「今こうして考えたり感じたりしている「自分」もいつか完全になくなるんだと思うと怖くてたまらない」と嘆くトピ主に対し、コメント欄では共感とともに、人生の先輩たちから現実的な指摘が相次いだ。
「死は痛みから解かれる救い」という悟り
トピ主の「夜になると死を考えて泣いてしまう」という訴えに対し、まず寄せられたのが「夜考えたら絶対あかんやつ」という、身も蓋もないが真理を突いたアドバイスだ。
「中学生ぐらいの時期の寝る前にこういう思考に入る人そこそこいると思う」
「若いと、寂しさと死を怖いものと感じるらしい」
確かに、感受性が豊かな時期は「自我の消失」は何よりも恐ろしいことに思える。しかし、日々の生活に追われるガルちゃんユーザーの視点はもっとドライだ。死を「救済」と捉える向きも多い
「生きるのがそんなに楽しいことばかりかい?死は痛みから解かれる救いでもあるんだよ」
「おばさんになった今は死なないほうが怖いというかいずれ死ぬことができるというほうが救いというか楽だと思う」
生きることの辛さや老いの過酷さを知った大人たちにとって、死は「終わり」という名の安らぎであり、永遠に生き続けることの方が恐ろしい、という意見だ。
死ぬことよりも「隠したい遺品」が怖い?
議論が深まるにつれ、話題は「死そのもの」よりも「死ぬまでの過程」や「死んだ後の始末」といった、より具体的な恐怖へとシフトしていく。
「死ぬのはまあいいけど、死ぬ直前とかが怖いよね。事故や殺人で痛いのとか苦しいのとかは嫌だな」
「死ぬ時呼吸苦しい系は止めてほしい。眠りながらさようならが一番いい」
痛いのは嫌だ、苦しむのは勘弁してほしい……という願いは、全人類共通の切実な本音だろう。そして、死んだ後のことを心配する人も多い。
「死んだ後に色々見られたくないものを見られるのが怖いから、そろそろ遺品整理しなきゃなと思ってる…」
「中学生の頃の日記、大人になってから読み返したら恥ずかしすぎて、紙袋に入れた上にガムテープでぐるぐる巻きにして捨てた(笑)」
死んだら自分も存在しないのだから、恥ずかしいと思う自分もいない、ということになるが、そうはいっても気になるのが人間というものなのだろう。
ただ、死ぬのが怖いというのは、人として極めて自然な感情だ。無理に否定する必要はない。ハイデガーは、死を避けられない未来として引き受ける「死への先駆」こそが、現在の人生を主体的に生きる鍵になると説いた。
トピ主が自分の消失を「怖い」と思えるのは、それだけ今の人生に愛着があり、幸せである証拠でもある。「死から逆算した生き方」を模索して、より良い生を送ろうとすることが肝要ではないだろうか。
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