トピ主が羨望の眼差しを向ける「至れり尽くせりのペット」だが、現実はそう甘くない。
「飼い主ガチャあるで」
「ペットはペットで大変だと思う 飼い主である人間の都合次第だよ」
確かに、YouTubeで流れてくるような、広くて清潔な家に住み、キャットタワーで昼寝し、高級キャットフードを食べる猫は「当たり」を引いた勝ち組に過ぎない。もし「ハズレ」を引いて、狭くて汚い部屋でろくに世話もしない飼い主に当たれば、ただの牢獄である。
また、他人に養われたいという欲求そのものが、実はもっとも人間らしいという皮肉な指摘も見られた。
「野良じゃなくて人に養われようとするあたりに誰よりも人間らしいズルさを感じる」
自力で獲物を狩るサバイバル生活ではなく、エアコンの効いた部屋で自分とは違う大きな生き物に守られたい……。その願望自体が、すでに知能のある人間特有だというのだ。
生物ですらなく「雲」や「石」になりたい
中には、もはや動物ですらなく、意識を持つこと自体を拒絶する声もある。“無機物になりたい”というのだ。
「もはや生き物にすらなりたくない 雲になってひたすら空を漂いたい」
「私は草ですら嫌だ 石とかがいい、無機物がいい」
「動物でも植物でも、生まれること自体嫌だわ 死んだら無に帰って二度と生まれたくない」
この「そもそも生まれてきたくなかった」という反出生主義的な考えは、現代の生きづらさを象徴している。中には、子供を持つことに対しても厳しい視線を向ける声もあった。
「そもそも 両親が子供欲しがって 引きずり出されたのは子供であり 生まれたら強制的に勉強させられ 社会に出たら死ぬまで奴隷のように働かされて最後 見にくい 老婆になって苦しんで死ななきゃいけないんですよね」
もちろん、「自分は産まれてきて幸せだし、娘も楽しそう」というポジティブ派も参戦したが、案の定、「ガチャで当たりを引いただけ。傲慢だ」と批判を浴びていた。
人はなぜ、こんなにも「人間」を辞めたいのか。それは、我々の知能が高くなりすぎたせいで未来を悲観し、他人と比較し、手続きの煩雑さに絶望してしまうからに他ならない。人間以外の生き物は目の前の現実を生きるだけだ。
「人間の身体は手入れが面倒くさい割に100年くらいしか保てないの何でなん?」
毎日の歯磨きから老後の資金繰りまで、人間であり続けるのは手間とコストがかかりすぎる。
トピ主のように、せめて来世は「富豪の家の猫」という宝くじ級の幸運を願いたくなる気持ちも分かる。だが、人間に生まれてしまった以上は仕方ない。とりあえず睡眠をとって、美味しいものでも食べて気持ちを落ち着け、この不条理な現実をいかに負担を減らしながら生き抜くか考えるしかないだろう。
※キャリコネニュースでは「会社を辞めたくなる瞬間」をテーマに投稿を募集中です。回答はこちらから https://questant.jp/q/VZIMJKN0
同期の女性と終電逃した男性、ラブホテルを発見して「苦肉の策として提案」した結果


