1887年のオルガン製作から始まったヤマハの事業は、戦後、オートバイやスポーツ用品、家具・住宅設備などへと幅広く多角化しました。しかし事業環境の変化で収益性が悪化し、2000年以降に「音・音楽」を中核とした選択と集中を実施。現在は「楽器事業」「音響機器事業」「その他の事業(部品・装置事業など)」の3つに集約しています。
2022年3月期のセグメント別売上収益比は、ピアノや電子楽器、管弦打楽器、ギター、音楽教室の「楽器事業」が67.7%と最も大きく、次いで業務用音響機器やAV機器、ネットワーク機器、音声コミュニケーション機器、音楽製作機器・ソフトウェアの「音響機器事業」が23.7%で、この2つの事業で9割超を占めています。
利益率は改善傾向にあるが売上は横ばい状態
ヤマハの売上はこの10年間、横ばい状態が続いています。2019年3月期から国際財務報告基準(IFRS)に移行しているため厳密に比較できませんが、2014年3月期の売上高は4103億円、2022年3月期の売上収益は4081億円で、コロナ禍の影響で一時落ち込んだものの、ほぼ同水準で推移しています。
一方、営業利益率は2014年3月期の6.3%から2022年3月期の12.1%へと大きく改善しており、不採算事業の整理が進んでいるものと見られます。また、2005年3月期には41.4%だった海外売上収益比率は2022年3月期には70.9%と大きく成長しており、海外事業の成長が収益性の改善に貢献しています。
なお、ヤマハグループは連結子会社55社を擁していますが、うち41社が海外法人、そのうち23社が製造・制作会社等となっています。海外拠点は主に中国、インドネシア、マレーシア、インドで、グローバルに事業を展開している会社です。
主な製品のグローバルシェア(2021年3月期、金額ベース)では、ピアノは39%、デジタルピアノは47%、ポータブルキーボードは52%と高く、管楽器は31%、ギターも9%を占めるまでに成長しています。
ヤマハは経営ビジョン“「なくてはならない、個性輝く企業~ブランド力を一段高め、高収益な企業へ~」になる”の実現を目指し、2019年4月から2022年3月まで「MAKE WAVES 1.0 価値創造力を高める」に取り組んできました。
この取り組みの中で、社長の諮問機関「DX戦略委員会」を設置し、「顧客接点」「企画・開発・研究」「製造」「供給」「会計・人事・その他間接業務」の5つの業務領域と「データ」「システム」「業務プロセス」の3つの視点で、グループ全体の業務変革を目指して基盤構築を行ってきました。
デジタル活用の新サービスは高評価だが財務目標は未達
コロナ禍では、DXによる「顧客接点」拡大の具体的な成果が生まれています。
例えば、2021年5月には言葉をメロディーにのせて会話する世界初のコミュニケーションロボット「Charlie(チャーリー)」をリリース(2022年7月に本体の製造終了)、2022年4月にはインターネット回線を介して複数のユーザー同士(最大5拠点)でリモート合奏ができるサービス「SYNCROOM(シンクルーム)」をリリースしています。
また、2021年4月にリリースした、自宅に居ながらスタジアムの選手に声援を送れるリモート応援システム「Remote Cheerer powered by SoundUD」は、革新的な優れたサービスを表彰する「第4回 日本サービス大賞」優秀賞を受賞。アジア最大級規模を誇るIT技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATEC AWARD 2021」では、DX部門のグランプリを受賞しています。
しかし「MAKE WAVES 1.0」は財務目標が未達に。この反省を踏まえて2022年4月からは、2025年3月までの新しい中長期経営計画「MAKE WAVES 2.0 成長力を高める」の取り組みを始めています。
中期経営計画期間の外部環境予測には「デジタル化の加速がもたらす大変革」「ライフスタイル・価値観の多様化」「サステナビリティへの意識の高まり」の3つがあげられています。DXはそのいずれにも関係しますが、特にデジタル化による「産業構造や世の中が大きく変化」「顧客とよりダイレクトで緊密な繋がりが強まる」という点を意識しているようです。
そのうえで「技術×感性」で新たな価値を提供するヤマハにとって、新しい社会の到来はチャンスであると、ポジティブに評価しています。
事業ポートフォリオとしては、ギターや電子デバイスなど成長性は高いものの収益率の低い事業は、収益性を改善しながら将来の柱として育成し、成長率・収益性とも低い音響事業は、収益基盤を強化して成長事業にしていくとしています。
「顧客データ活用」と「意思決定変革」にBIツール導入
「MAKE WAVES 2.0」の中でDXは、3つの中期経営計画方針のひとつ「事業基盤を強くする」の「柔軟さと強靭さを備え持つ」という重点テーマの中で、「DXによる新たな価値創出とプロセス変革」に取り組むとしています。
新たな価値創出に向けた取り組みとしては、「顧客データを活用し、顧客毎に最適化したサービスを提供」することと、「音・音楽の演奏・感性データを蓄積、新たな技術へ活用」することの2本柱を目指しています。
プロセス変革としては、データマネジメント基盤構築やDX人材育成を含む「意思決定・行動のためのデータ戦略」、生産から顧客まで繋がる新たなSCM(サプライチェーンマネジメント)システム本格稼働を目指す「SCMの迅速化・効率化」、販売・生産ERP(基幹システム)の導入や製造のデジタルツインで効率化・品質向上を目指す「販売業務・生産管理の標準化・効率化」の3つに取り組むとしています。
顧客データ活用やデータ戦略に関する具体的な取り組みとしては、ヤマハは「現場の意思決定や行動変革の促進を目的としたデータ活用」に向けて、Excelとの親和性や使いやすさから「Microsoft Power BI」を導入しているとのこと。
プレスリリースによると、ヤマハではDX人材の300人育成を目指してMicrosoft Power BIのeラーニングを希望者に受講させていますが、2022年11月時点で想定の3倍となる120人の応募があったとのことです。
SCMの迅速化・効率化については、調達・生産のレジリエンス(復元力・耐久力)を強化するとともに、既存工場の生産能力向上を図ります。あわせて開発基盤を強化し、首都圏に新たな研究開発拠点を新設して社外リソースの活用・連携を加速しています。
国内外の生産拠点で「スマートファクトリー化」進める
ヤマハでは、SCMの迅速化・効率化と販売業務・生産管理の標準化・効率化に向けて、新中計期間通算で生産インフラに350億円の投資を予定。国内外にある13の生産拠点では、柔軟性と強靭性を備え持つために、AIやIoTなどのデジタル技術を使った「スマートファクトリー化」を進めています。
インタビュー記事によると、ヤマハでは2018年に「スマートファクトリー推進グループ」を立ち上げ、工場ごとに異なっていたデータの取り方やシステムを全社的に標準化する取り組みを始めました。
製品にビーコン(Bluetoothを発信する端末)を添付し、ラインを流れるモノの位置と経過時間を測定。BIツールで実績数や作業スピードをリアルタイムに表示することで、現場管理者が日製数やライン乱れ箇所の特定などの基本的な生産管理や、工程管理を簡単に行えるようにしています。
IoTによって得られたデータをデジタルツインのPoC(概念実証)に活用する取り組みも始まっています。2022年4月から掛川工場と飯田工場のギター生産工程に導入され検証中で、IoT、生産管理、ERPの3つのデータ基盤で情報を整理し、経験だけに頼らない生産工程の構築とリモート管理によってデータドリブン型の工場経営を目指しています。
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