楽しく旅行している最中の人を無理やり呼び戻して働かせるのは、いくらなんでも酷すぎる。四国地方で看護師として働く50代の女性は10年ほど前、小学生の子どもを二人連れた家族旅行でそんな心無い仕打ちをされた経験がある。編集部では女性に取材を申し込み、詳しく話を聞いた。
「当時、総合病院の小児科病棟で3交替勤務をしていました。ふだん有給休暇はほとんど使えなかったので、振替休日や夜勤明けを組み合わせて2泊3日の予定で、子どもたちと大阪旅行に行きました」
当時40代の女性は3人の子どもを持つシングルマザーで、長男は部活動があったため同行していなかったが、いつも我慢させている子どもたちのため思い切って「良いホテルの良いフロア」を予約した。
「リーガロイヤルホテル大阪のザ・プレジデンシャルタワーズで、部屋の名前はよく覚えていないのですが、エグゼクティブフロアを取りました。今までも含めて、私の人生で一番良いお部屋です。私にとっては清水の舞台から飛び降りる位の覚悟が要った値段です」
ところが、職場から呼び出し電話があったのは2日目の朝のことだった。
「3日目はUSJの予定で、チケットもエクスプレスパスも購入済みでした」
「母子家庭で母の協力を得ながら仕事や生活をしていました。なので、いつもそんな良いホテルに泊まっていません。でもボーナスは、いつもお世話になっている母にお礼と、寂しい思いをさせている子ども達に旅行をと決めていたので、長女の希望もあり人生最大の贅沢をしたらバチが当たりました」
こう振り返る女性だが、悪いのは上司だ。懸命に働き子育てする中でのご褒美にバチなど当たるはずもない。子どもたちもこの旅行を楽しみにしていた。
「初日は某ジャニーズグループのコンサートを観て、2日目はラウンジやプールで遊ぶつもりでした。特に長女はアフタヌーンティーをとても楽しみにしていたんです。3日目はUSJの予定で、チケットもエクスプレスパスも購入済みでした」
ところが2日目の朝のこと。上司から「スタッフに1人インフルエンザが出たので、今夜の夜勤に出て欲しい」と電話がかかってきた。
「私は、関西圏の旅行先であること、子ども連れで日程変更は無理であることを伝えましたが、何度も何度も電話があり私しか出勤出来る人が居ないと言われ、仕方なくホテルをキャンセルしました。個室をとっていた帰りの船もキャンセルし、新幹線と在来線を乗り継いで帰りました」
「本当に帰るの?ユニバは?ラウンジは?本当にお母さんしか居ないの?」
泣く泣く以降の予定をすべてキャンセルし帰途についたが、帰りの空気はもちろん重いものだった。
「子どもと3人でずっと立ちっぱなしの移動はとてもハードでした。ホテルも船もキャンセル料は100%かかり、もちろん職場が出してくれる筈もなく、更に新幹線や在来線の費用も掛かったので、損害額は20万円弱にもなっています。ホテルは既にチェックインして1泊使用しているので、1日短縮してももちろん1円も返金はありません。当たり前ですよね。USJも当然、キャンセルも日付変更もできません」
膨大な費用が無駄になったことももちろんだが、「年に1度の旅行を楽しみにしていた子どもたちはただ移動してホテルに泊まっただけになりとても悲しそうでした」と振り返る。子どもたちの失望を思うと女性は今でも胸が痛むようだ。
「子どもたちは、『本当に帰るの?ユニバは?ラウンジは?アフタヌーンティー食べたかった。本当にお母さんしか居ないの?今度いつ来れる?』と言っていました。普段から看護師の仕事の大切さを良く理解してくれていた子どもたちでしたので、最終的には諦めてくれましたが、泣いていました」
女性は「もちろん今もまだ埋め合わせは出来ていません。多分もう一生エグゼクティブフロアは無理です。宝くじでも当たらない限り」と苦笑いした。
「上司や主任が自分が夜勤をしたくなかっただけだった」
家族の楽しみを犠牲にしながらも医療従事者としての責任感をまっとうした女性だが、後日納得いかない理不尽な事実を耳にする。
「後になってわかったのですが、本当に私しか出勤出来る人が居なかった訳ではなく、上司や主任が自分が夜勤をしたくなかっただけだったと、周りのスタッフからそっと聞かされ……怒り心頭でした」
つまり上司の都合で家族旅行を台無しにさせられたのだ。その後、上司からねぎらいやお詫びの言葉などはあったのだろうか。
「朝になって出勤してきた上司たちは、『あっお疲れさま~』の一言でした。あまりに腹が立ったので、もちろん払うつもりなど無いのは百も承知の上で『せめてJRの運賃くらいは払ってくれるんでしょうね!』と言ってみましたが『誰かの病気はお互い様でしょ~』で終わりでした」
実はこの前年にも新人の男性看護師が似たような目に遭っていたというから、上司や主任はなにも悪いとは思っていないのだろう。どれだけ酷いことをしていたか、気づいてくれる日は来るのだろうか。
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